レポート集~社会政策~年功賃金

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社会政策レポート

年功賃金

年功賃金の当初の意義は,第二次世界大戦後、後発工業国として発達した日本の企業が必要な熟練労働者を養し,他企業に引き抜かれないように確保するところにあった。日本では,近代産業に必要な熟練労働者を社会的に養成したり、訓練したりする制度などは存在しなかった。

したがって,企業内で訓練するほかなく,職場での教育を中心としたものに頼らざるをえなかった。勤続年数が経験年数に直結する為、熟練度の高低は年功にあったのである。さらに、年功賃金の意義については、儒教的な年長者を尊敬する考え方からくるもので、組織への長期的な忠誠心を重んじる日本型の人事制度と捉えることもできる。

日本社会に適合した制度として誕生した年功賃金だが、時代の変化に伴って賃金体系の修正が求められるようになる。1970 年代,人口の急速な高齢化が認識されるようになり,従来までの 55 歳定年を 60 歳定年に延長することが労使の間や政府の重要課題となった。しかし、定期的に昇給する年功賃金制度では、成長が期待できない高齢な従業員に対して高額な賃金をさらに支払うこととなり、コストが増大していった。また、定年延長により高賃金の高齢従業員が居座るため、低賃金の若年従業員で入れかえることができず,総労働コストは増す一方だった。

1990年代、バブルが崩壊すると日本経済は長期にわたって停滞をみせる。他方ではグローバリゼーションが進み、各種産業は国際競争力が問われる事態となった。日本の賃金は国際的に高水準で、高コスト構造の年功賃金は国際競争の中で不利な条件であった。そこで、賃金体系を「成果主義」へ変化させようとする動きが活発化する。この時、年功賃金をはじめ終身雇用制度など、年功制度全体が本格的な見直しの段階に入るのである。仕事の実績や能力に応じて支払う職能給の一層の拡大、業績査定と一体となった年俸制の導入などはその具体的な現れである。

2000年代に入るとBRI Cs諸国の経済発展に牽引される形で外需が伸びる。国内では、It化の普及による企業経営の効率化やIt関連産業に代表される新興産業の隆盛。公的資金注入による金融機関の財務健全化により、不良債権処理が進み、民間企業の過剰な設備・雇用・負債が解消されるなど、バブル崩壊から経済復興の兆しを見せる。

ところで、この時期には経済の活性化を目論見た規制緩和政策や金融緩和政策が多用された。企業活動はそれまでとは異なる物となり、特に企業間の競争が激化した。労働コストの削減は経営における重要項目の一つとなり、高コスト構造からの脱却が強く求められた。1998年の労働基準法改正、1999年の労働者派遣法改正、2003年の両法改正によりその考えが加速する。すなわち年功賃金を適用させない非正規雇用によって労働力を確保する戦略がとられていく。

非正規雇用によって企業の低コスト化は成功した。しかし、企業の都合で雇入れと解雇を繰り返す非正規雇用は、労使関係を不安定なものとした。正規雇用との収入の格差もあり、現在では、こうした雇用の流動化は見直すべきだという声が高まっていて、平成21年度の年次経済財政報告(経済財政白書)では、「賃金、家計所得の格差拡大」の原因を「非正規労働者の増加」としている。

格差の発生は、今日も年功賃金といえる賃金体系が存在していることが一つの要因といえる。その高コストを補填すべく不安定な非正規雇用が横行しているからだ。規制緩和については政府の対応を評価すべきだが、グローバリゼーションは不可避的に今後も広がりそうである。このように競争力が問われている中で、企業の労働コストを見直す動きは妥当である。しかし、正規労働者に対しては年功賃金を適用し、非正規労働者に対しては適用しないとする2元的な賃金体系は問題である。競争に打ち勝つため、年功賃金を完全に見直し、労働市場全体で成果主義を採用することが求められていると考える。

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