学説判例研究~行政法~ノート~36-40事件

この記事の所要時間: 1427

行政判例ノート 36~40

36:給与の過払いと相殺
【最判昭和45年10月30日】

■論点
・賃金全額払いの原則と、給与の過払いの相殺の可否

■事実の概要
公立学校の教員Xらは、勤務を命じられていたにもかかわらず、勤務評定反対闘争のための一斉休暇に参加し、昭和33年10月(1日間)と12月(計9日間)において、承認を受けずに欠勤した。給与負担者であるY(県)が、過払分の減額をなしうる最初の機会は11月と1月であるが、Xらが正常に勤務した昭和34年3月に、同月分の給与から上記無断欠勤の分に相応する金額を減額し、その余の額を同月分の給与として支給した。
Xらは、本件減額措置について、労働基準法(以下、「労基法」)24条1項本文が定める賃金全額払の原則に違反している、あるいは、本件減額措置は不当に遅延してなされた違法があるとして、減額分の支払いを求めて出訴した。
第一審はXの請求を棄却、第二審は過払給与の調整的相殺は許されるが、その行使の時期を失しており、適法性を欠くとしてXらの請求を認容。Yが上告。

■判旨
上告棄却
「本件減額措置の法的性質は、YがXらに対して有する過払給与金額相当の不当利得返還請求権を自働債権とし、XらのYに対して有する昭和34年3月分の給与請求権を受働債権とする相殺に他ならない。
労基法24条1項本文の規定は、賃金全額が確実に労働者の手に渡ることを保障しようとするものであり、……、使用者が自己の労働者に対する反対債権にもとづき、ほしいままに相殺を主張して賃金の一部または全部を控除することは許されない。しかしながら、……過払額相当額をその後支払うべき賃金と清算することは、形式的には、不当利得返還請求権を自働債権とする相殺である点においては、一般の相殺と異なるところはないとしても、事の実質に即してこれをみれば、適正な賃金額を支払うための調整であり、結果においては、本来、支払われるべき賃金を正当に支払ったことになるのであって、賃金と全く関係のない債権による相殺と同一視すべきではない。
もっとも、……過払を原因とする相殺であっても、もとより無制限であるべきではないのであって、……、過払いのあった時期からみて、これと賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされる場合であり、しかも、その金額方法等においても、労働者の経済生活の安定をおそれのない場合に限って、例外的に許されるものと解するのが相当である。」
■解説
・本件当時の通説は、公法私法二元論を前提としており、本来的公法関係には、公法のみが適用され、私法は、①法の一般原理を定める規定と、②法技術的規定を除き、適用されないとされていた。本判決も、「民法505条1項は、債務の消滅事由に関する一般原理を表明したものと理解するのが妥当であり、その意味において、同項の規定は、反対に解すべき特段の事情がない限り、公的利益に係る債務相互の間においても、類推適用があるものと考えられる」(上記①の場合)とか、「相殺とは、その履行の便宜を図るという点で一種の法的技術上の機能を果たすことも否定しえない」(上記②の場合)等と説明される。
今日では、公法私法二元論を唱える者はもはやなく、給与請求権への民法の相殺規定の適用を前提にしつつ、民間労働関係におけると同様に、労働者保護の見地からする相殺の制限を論じて、事案を取り扱った本判決の論理は妥当なものである、と支持を獲得している。
なお、昭和40年の地方公務員法改正により、地方公務員について、労基法は適用除外とされ、地方公務員の給与全額払いの原則は、地方公務員法25条2項に新設されている。

37:国に対する損害賠償請求と消滅時効
【最判昭和50年2月25日】

■論点
・国に対する債権(公法上の債権)の消滅時効期間について

■事実の概要
陸上自衛隊員であるAは、自衛隊八戸駐屯地の武器車両整備工場において、車両を整備中に、同僚の自衛隊員Bが運転する大型自動車に頭部を轢かれ、即死した。Aの両親であるXらは、Aの死亡に対して、国家公務員災害補償法上の保証金76万を受領したが、当事の一般交通事故の場合、自動車損害賠償責任法(以下、「自賠法」)に基づき300万の強制保険金が給付されたりするのと比べて低額の保証金であることに不満を抱き、Y(国)を相手取り、自賠法3条の運行供用者責任に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。
第一審・第二審とも、本件提訴はXらが損害および加害者を知ってから3年を経過してのものであり、その請求権は民法724条前段の消滅時効が完成しているとするYの抗弁を認めて、Xの請求を棄却。またXは、第二審段階で、Yの安全配慮義務違反を理由とした債務不履行責任については10年間の消滅時効は完成していないとの主張を付加したが、Yと公務員の関係は特別権力関係であることを理由に、Yはそもそも安全配慮義務を負っていない、とした。

■判旨
破棄差し戻し
ⅰ)「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理または公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務(以下、「安全配慮義務」)を負っているものと解すべきである。」

ⅱ)「.会計法30条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき5年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要がある等、主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものである……。そして、国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、その発生が偶発的であって多発するものとはいえないから、右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であっても、被害者に損害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法30条所定の5年と解すべきではなく、民法167条1項により10年と解すべきである。」

■解説
・本判決は、安全配慮義務概念を最高裁として初めて認めるとともに、国が公務員に対して安全配慮義務を負い、この義務に違反した場合には公務員に損害賠償請求権が成立することも認めた点で大きな意義がある(この点については30号事件を参照)。と同時に、国に対する本件請求権について、その具体的目的性質に着目した上で、会計法ではなく、民法167条1項の10年間の消滅時効規定が適用されるとした点が注目される。

・国の金銭債権債務の消滅時効規定の適用基準については、①公法上の債権、私法上の債権を問わず会計法が適用されるが、私法上の債権については会計法上の「他の法律」として民法が適用されるとする説、②会計法はそもそも公法上の債権に適用されるのであって、私法上の債権には民法が適用されるとする説、③会計法は国の金銭債権債務の画一的処理を目指すものだから、私法上の債権にも会計法が適用されるが、民法上の短期消滅時効は、会計法上の「他の法律」として適用されることがあるとする説、に分けられる。③説は、①説②説が、債権を公法上の債権と私法上の債権とに区別して、これを基準に消滅時効規定の適用基準とすることに対して、そのような区別は実体法に根拠をもたないものであり、基準となりえず、当該請求権の趣旨や性質に従って会計法の5年間の時効期間を適用すべきか否かにあるとしている。本判決も、会計法30条の趣旨を考慮し、係争請求権の具体的目的性質に着目した時効規定適用基準を示しているところに、③説の影響を受けていると考えられる。

38:公共用財産と取得時効
【最判昭和51年12月24日】

■論点
・公共用財産について、取得時効の成否

■事実の概要
本件係争地は、公図上水路として表示されている国有地であったが、少なくとも、Xの祖父が訴外Aから借り受けて小作していた当時から、周辺の田(以下、「本件田」)を含めて、細い畦畔によって合計45枚の水田に区分されていた。その後、自作農創設特別措置法により、XはY(国)から、本件田の売渡しを受けたが、Xは本件田および本件係争地を含んだ水田と畦畔が売り渡されたものと信じ、平穏かつ公然に本件係争地の占有を続け、このような事情のもとで10年が経過したため、Xは時効の完成により本件係争地の所有権を取得したとして、その所有権確認の訴えを提起した。
第一審・第二審とも、Xが占有していた当時なお水路としての外観を保有していた部分を除いて、Xの取得時効を認めたので、Yが上告。

■判旨
上告棄却
「公共用財産が、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、これについて取得時効の成立を妨げないと解するのが相当である。」

■解説
・行政財産は本来、これを公用または公共の用に供することを目的とする財産であるから、その目的を達成するに必要な限度において、その融通性を制限し、その公用を妨げるおそれのある行政財産の管理及び処分を制限禁止するとともに、これに私権を設置することを禁止している(国有財産法18条1項)。
これに対し、公物としての公共用財産等に民法162条の取得時効が適用されるかどうかについて、明文の規定はない。学説は否定説と肯定説に分けることができるが、肯定説の中にも、①明示的公用廃止行為がない限り、公物に取得時効を認めないとする説、②私法上の所有権が認められるものについては少なくとも取得時効を認めるが、反面、それは公用負担付きの取得時効であるとする説、③公物そのものは取得時効の目的となりえないが、一定の事実の発生により、黙示の公用廃止があったとして、当該公物の取得時効を認める説、に分けられる。従来の大審院は肯定説の①の立場であったが、本件最高裁判決により肯定説の③の立場に変更されている。
本件以降、肯定説の③、黙示的公用廃止説が判例・通説的な立場を取得したが、「黙示の公用廃止」という要件は、民法162条の要件を具備すれば、直ちに黙示の公用廃止も認められるのか、それとも(本判決のように)他の事情も総合的に判断されるべきであるかは、未だ争いがある。

39:行政上の不当利得
【昭和49年3月8日】

■論点
・行政処分(公定力)と「法律上の原因」の関係(整合性)

■事実の概要
浅草税務署長は、Xの昭和28年の所得税につき、申告された総所得金額に雑所得として245万円余を算入すべきとする増額更正処分を行い、これによる増差分の税額と過少申告加算税額を滞納処分により徴収した。245万余のうち、42万円分は、Xが訴外Aらに貸し付けていた金銭の利息損害金債権であった。この時点で、Xは実際には42万円を受け取っていなかったが、所得税法は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生しさえすれば、その時点で所得の実現があったものとして課税所得を計算する仕組みを採用していた。
ところが、昭和36年にXは(貸し倒れにより)Aらに対する前記利息損害金の一切を放棄し、Xの所得として算入された42万円は、後発的に不存在となる。したがって、42万円に対応する分の税額約24万円について、Xは過分に納付し、Y(国)は過分に受領したことになる。Xは、Yに対して、24万円分につき不当利得として返還を求めるよう訴訟を提起した。ここで留意すべき問題は、増額更正処分が職権・訴訟のいずれによっても取消されていない点である。
第一審・第二審とも、Xが勝訴。Yが上告。

※昭和37年までは、雑所得のような一回性の所得についての調整・救済規定が置かれていなかった。現在は、所得税法64条、152条を参照。

■判旨
上告棄却
「……、貸し倒れの発生とその数額が格別の認定判断をまつまでもなく客観的に明白で、課税庁に(前記の)認定判断権を留保する不合理的必要性が認められない場合にまで、課税庁自身による(前記の)是正措置が講じられないかぎり納税者が先の課税処分に基づく租税の収納を甘受しなければならないとすることは、著しく不当であって、正義公平の原則にもとるものというべきである。それゆえ、このような場合には、是正措置がなくても、課税庁または国は、納税者に対し、その貸倒れにかかる金額の限度においてもはや当該課税処分の効力を主張することが出来ないものとなり、したがって、右課税処分に基づいて租税を徴収しえないことはもちろん、既に徴収したものは、法律上の原因を欠く利得としてこれを納税者に返還すべきものと解するのが相当である。」

■解説
・不当利得法理が公法関係にも適用されるべきこと自体は、従来から認められていたが、問題は、いかなる場合が「法律上の原因なく」に該当するかである。従来は、課税処分が取り消されていない以上、法律上の原因がないとはいえないから、不当利得返還は認められない、と考えられていた。対して、本件は、①課税処分の有効性と「法律上の原因」の判断は論理的に切り離して考えられる、または、②貸倒れ所得への課税という後発・遡及的問題は、そもそも課税処分の公定力の客観的範囲外にある、と説明されている。どちらの説にしても、行政行為の効力の有無を問わず、所得税の本質および救済措置の不備に照らして、課税庁または国が課税処分の効力を主張することが制限される結果、「法律上の原因」なき利得として、不当利得が成立すると、考えられる。
なお、所得税法の改正および平成16年の行政訴訟法改正により非申請型の義務付け訴訟が定められたことにより、個別の手続が法定されていなくても、納税者から課税庁に是正措置を講ずるべく請求する手段が一般的に認められたことにより、この判決の射程はかなり限定される。

40:知事交際費と情報公開
【最判平成6年1月27日】

■論点
・情報公開が、交際(費)の目的に反する場合の判断

■事実の概要
Xら(大阪府住民)は、大阪府公文書公開等条例(以下、「本件条例」)に基づき、Y(大阪府知事)に係る交際費についての関係文書の公開を請求したところ、本件条例の実施機関であるYが、その一部は公開したが、債権者の請求書および領収書(以下、「債権者請求書等」)、歳出額現金出納帳ならびに支出証明書(以下、「本件文書」)については、本件条例8条1号・4号・5号または9条1号に該当するとして、非公開とする旨の決定(以下、「本件処分」)をした。Xは、本件処分の取消しを求めて本訴を提起。
第一審・第二審とも、Xらの請求を認容。Yが上告。

■判旨
破棄差戻し
「債権者請求書等および本件文書のうち、交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているもの等を除き、本件条例8条4号または5号により公開しないことができる文書に該当する。」

「債権者請求書等および本件文書のうち、交際の相手方が私人で識別され得るものは、高裁内容等が一般に公表、披露されていることがもともと予定されているもの等を除き、本件条例9条1号より公開してはならない文書に該当する。」

■解説
・まず、知事の交際費自体については、「都道府県における行政の円滑な運営を図るため、関係者との懇談や慶弔等の対外的な交際事務を行うのに要する経費である」として、その必要性を認めている。知事の交際事務とは、懇談・慶弔・見舞い・賛助・協賛・餞別等をいい、その目的は「相手方との間の信頼・有効関係の維持増進」である。

・請求書等は、懇談等の日時、場所、出席人数、飲食費用等が記録されているだけであるから、利用の事実が公開されたとしても、右業者の社会的評価が低下する等の不利益を被るとは認めがたい。他方、本件文書のうち交際の相手方が識別され得るものは、交際の相手方の氏名等の公開によって、相手方に不快・不信の感情を抱かせたり、また、交際費の支出の要否・内容は相手方との関係の程度に応じて決定されるため、それがわかると相手方に不満・不快の念を抱かせることになり、信頼・有効関係を損ね、交際事務の適切な遂行に支障を及ぼすおそれがあるので、懇談に係るものは本件条例8条4号または5号により、その他慶弔に係る文書は同条5号により、公開しないことができる文書に該当すると判断した。
また、知事の交際は、私人である相手方にとっては私的な出来事であること(個人情報該当性)も、理由の一つとされる(この点については41号事件に譲る。)
なお、Xらは、第二次控訴審で、本件条例10条に基づき、公開することに問題のある個所のみを除外してその余の部分を公開するよう請求したが、独立した一体的な情報を細分化して公開を請求する権利はない、とされている。