問題解答例~ケースブック刑法:1講問1

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ケースブック刑法〔第4版〕解答例

第1講 実行行為の特定

【設問1】(元ネタ→クロロホルム)

第1講:実行行為の特定

1.Yの罪責について
(1) 本件Yは、生命保険金詐取を目的としたXからその夫Aの殺害の依頼を受け、Xとの共謀のもと、Aに多量のクロロホルムを吸引させることで失神させ(第1行為)、その後意識のないAを車に乗せ、そのまま車を海中に転落させ沈めた(第2行為)。このような殺害計画とその実行によってAは死亡していることから、Yの行為には殺人罪(199条)の成立が認められるか。Aが第1行為の時点で死亡していた可能性があることから問題となる。
仮に第1行為の時点でAが死亡していたとすれば、Yは第2行為でAを殺害する意思でその予備行為として第1行為を為したにすぎないことから、第1行為は殺人の実行行為ではなく、またその時点では殺人の故意がないので、殺人罪ではなくせいぜい傷害致死罪(205条)が成立するにすぎないとも考え得るからである。したがって、この場合でも殺人罪成立が認められるためには、第1行為の時点で実行の着手が認められ(①)、かつ、殺人の故意が認められる(②)必要がある。

(2)①の要件について
実行の着手とは、結果発生の現実的危険性のある行為を開始することをいう。
では、第1行為は殺人の結果発生の現実的危険性のある行為であるといえるか。
この点、第1行為は第2行為を容易かつ確実に行うために必要な行為であって両行為は密接な関係にあること、午後11時半という深夜であってC港には周囲に人がいなかったこと(Yはそれを確かめていること)から第1行為が成功した場合には第2行為の遂行を妨げる特段の事情が存在しないこと、両行為は約2時間、約2キロメートルという時間的場所的に近接してなされていることを考えれば、第1行為は第2行為に密接な行為であり、両行為は一体的に1個の実行行為として把握すべきものである。よって、第1行為を開始した時点で殺人の結果発生の現実的危険性が存在するといえる。
したがって、Yが行った第1行為の時点で実行の着手があったものと認められる。

(3)②の要件について
(ア) まず、(2)で検討したように、第1行為の開始時点で実行の着手が認められ、第1行為と第2行為は密接な行為であることから、両行為は全体として1個の殺人の実行行為であるといえる。とすれば、第1行為を行うことの認識はすなわち殺人の実行行為を行うことの認識であるから、第1行為と第2行為を行い、Aを死亡させることの認識があったYには、第1行為の時点で殺人罪の故意があったということができる。
(イ) そして、仮にAが第1行為で死亡していた場合、YはAを第1行為ではなく、第2行為で死亡させるつもりであったところ、Yの認識と異なる因果経過を辿って殺人の結果が生じたことになる。いわゆる因果関係の錯誤であり、これにより故意が阻却されるか否かが問題となる。
この点、因果関係の錯誤があったとしても、それは同一の構成要件に該当する事実に対する錯誤であるから、その食い違いが法的評価としては重要ではない場合には、故意は阻却されないと考える。故意責任を負わせることは構成要件に該当する事実を認識しつつもあえてそれを行ったことに対する非難であって、行為者の認識した因果経過と現実に発生した因果経過が相違しても、どちらも法的な因果関係の範囲内であれば非難可能性に欠けるところはなく、構成要件的に同価値であるといえるからである。
したがって、本件では、Aに多量のクロロホルムを吸引させたYの行為はAの死亡という結果との間に条件関係も認められ、人を死に至らしめる現実的危険性を有しており、よって法的因果関係が認められるから、因果関係の錯誤があったことは殺人の故意を阻却しない。
(ウ) 以上より、Yには殺人の故意があったものと認められる。
(4) したがって、Yは第1行為・第2行為で構成される一連の殺人の実行行為に着手し、結果Aを死亡させており、因果関係および故意も認められることから、殺人罪が成立する(199条)。

2.Xの罪責について
(1) Xは生命保険金詐取目的からYに夫Aを殺害する依頼をし、共謀のもとYはAを殺害した。Xに殺人罪の共同正犯(60条・199条)が成立しないか。Xは殺人罪の実行行為自体を行っていないこと、すなわち共謀共同正犯が成立するかが問題となる。
(2) 共謀共同正犯の成立要件は、①共謀、②実行行為に準ずる重大な寄与、③共謀に基づく実行行為が認められることである。ここで共謀とは、2人以上の者が特定の犯罪を行うため相互に他人の行為を利用・補充し合い、各自の意思を実行に移すことを内容とする合意をいい、その成立には意思の連絡及び正犯意思が必要となる。共同正犯は「正犯」、すなわち自己の犯罪を行う者であり、共同正犯の本質が相互補充利用関係による自己の犯罪の実現にあることから、上記①ないし③の要件が満たされれば相互補充関係が肯定され自己の犯罪を実現した者として評価、処罰すべきと考えられるからである。
(3) 本件では、Xは殺害の実行方法についてYに全面的に委ねていたものの、生命保険金詐取の目的を持ちYにA殺害の依頼をしたことから正犯意思が認められ、かつAが外出することを連絡しており、殺害計画の詳細について了知していたことを考えれば意思の連絡も認められるので共謀があったといえる(①)。そして、Yに報酬を約束し、Aの外出を連絡した行為は、実行行為に準ずる重大な寄与ということができる(②)。その結果、YはA殺害の実行行為を行い、同人を死亡させている(③)。
(4) 以上から、①ないし③のすべての要件を充足する結果、XにとってもYの実行した行為は自己の犯罪と評価できるので、XにはYとの殺人罪の共同正犯が成立する(60条、199条)。

以上