問題解答例~リーガルクエスト憲法2-4章

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第4章 思想・良心の自由

1 ドイツ基本法は、ナチズム体験を踏まえ、「民主主義は、民主主義の敵に対してまで寛容たりえない」という「闘う民主主義」の立場を採用し、国民に対して憲法尊重擁護義務を課し、教授の自由については憲法への忠誠を免除しないとするなどの規定を設け、また、「自由で民主的な基本秩序」を否定する政治団体に対する解散制度等を導入した。このような「民主主義」観を思想・良心の自由との関係で、どう考えるか。

「闘う民主主義」に関して、以下のような問題が指摘される。

●運用上の問題
浦部法穂『憲法学教室(全訂第二版)』125-126頁
「自由な民主的基本秩序」や「憲法体制」を擁護すべきことは当然であるとしても、それにとって危険な思想を禁じ排斥することができるかは、別問題である。というのは、ある思想につき、それが「自由な民主的秩序」や「憲法体制」にとって危険であるからというので禁止できる、ということになれば、それは、権力にとって危険なすべての思想の抑圧に口実を与えることになりかねないからである。民主制を守る名目のもとに、民主主義にとっての基本的な前提基盤が民主主義の名において破壊されることになってしまうのである。思想そのものは、どんなものであれ、どこまでも自由であるということが確認されなければならないと思われる。

佐藤幸治『日本国憲法論』47-48頁
日本国憲法12条が「国民の不断の努力」による自由・権利の保持を強く呼びかけながら、憲法全般の尊重擁護に関する99条において国民を含めなかったことにはそれなりの理由があると解すべきである(樋口陽一)。つまり、日本国憲法は、国民が憲法の最終的擁護者であることを自覚しつつも、相互に同調を厳しく求める日本の過去の傾向からも鑑み、徹底した自由主義の立場に立ち、憲法に対する忠誠の要求の名の下に国民の自由が侵害されることを恐れた結果であると解されるのである。

●原理上の問題
樋口陽一『憲法(第三版)』96頁
「憲法の敵」を誰かが判定する際に恣意の危険がないか、という運用上の問題をこえて、「絶対に濫用できない自由は、自由ではない」(宮沢俊義)、「自ら決定する権利が、自らを滅ぼす権利を含むことにこそ、自由の偉大さがある」(ルネ・カピタン)という論点をめぐる原理上の問題がある。

●まとめ
「民主的な基本秩序」の解釈による権力側から濫用される危険がある。権力は民主主義的な選挙経て手に入れるため、反政府思想が弾圧されるという危険性は高い。したがって、思想そのものはどんなものであれも自由とされるべきである。なお、このように自由だと考えても、ナチズムのようなものが正当化されるわけではない。まず、憲法は暴力の自由を認めるものではない。次に、憲法の停止・廃止は、憲法に規定された改正手続きに従わなければ認められないのである。


2 最高裁は、「国旗としての『日の丸』の掲揚及び国家としての『君が代』の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であって、学校の儀式的行事である卒業式等の式典において国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものである」ことを理由として、学校長による起立斉唱命令が、反対派教員の思想・良心の自由の直接侵害とならないとしている。「一般的、客観的」な観点に立つことの意義と問題点について検討せよ。

「一般的・客観的」な観点に立つということは、少数派の見解を排し多数派の見解に立つことである。もし、学校の儀式的行事における国歌斉唱の際に、多数の者が起立斉唱しないのであれば、「一般的・客観的」に見て、それが慣例上の儀礼的な所作だと言うことはできない。
そして、「一般的・客観的」な観点に立つということで、主観面が配慮されず、専ら行為自体が評価の対象となる。最高裁は、「慣例上の儀礼的な所作としての性質を有する」起立斉唱行為は、「歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえない」から、起立斉唱の職務命令が直ちに個人の思想及び良心の自由を制約するものではないとして、外部的行為の制約に伴う間接的制約だとして審査を行う。
しかし、行為と内心とは関連するものであり、行為は内心の表れである。本判決自身も、「起立斉唱行為は、教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれていないものであって、一般的、客観的に見ても、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる」と述べている。敬意の要素を含む行為を強制するのであれば、敬意の表明を拒否する思想・良心を直接的に制約するものではないだろうか。
もっとも、その行為がどのような内心に結びつくものなのかは、人それぞれであり、外部から判断することは難しい。たとえば、食前の合掌を、慣習あるいは和式のテーブルマナーだと考えて行動しているのか、宗教的儀礼だと考えて行動しているのかは、外部から判断しづらい。しかし、だからと言って、多くの者が行っているのだからという理由で、強制付けられることは問題であると考える。


3 「地縁による団体」(地方自治法260条の2)であるY町内会は、町内会費の集金に際して、日本赤十字社およびユネスコへの寄付金に充てるために、毎年2,000円の募金を求めてきた。会の班長が各戸を回って集金することから、事実上の強制であると批判する一部住民から申し入れられ、また、班長らの負担軽減のため、Y町内会は、定期総会において、来年度から、町内会費とは別に募金を行うやり方を改め、町内会費を2,000円値上げし、一般会計の中から同寄付金を拠出することとした。これに対して、住民Xは、赤十字等への寄附は個人の良心に委ねられるべき問題であり、町内会費を原資として拠出することは、思想・良心に反する行為の強要にあたるとし、値上げ分の町内会費の納入を拒否したいと考えている。Xの主張は認められるべきか。

裁判例
◎大阪高判平成19年8月24日 確定(上告棄却、最決平成20年4月3日)
認可(地方自治法260条の2)を受けた地縁団体であるである被控訴人が、定期総会において、募金及び寄付金に充てる目的で自治会費を増額する決議をしたことにつき、会員である控訴人らが思想及び良心の自由等を侵害し公序良俗に反する等と主張して、決議無効確認、債務不存在確認を求めた。

「本件決議に係る増額分の年会費二〇〇〇円は、本件各会【希望ヶ丘小学校教育後援会、甲南中学校教育後援会、赤い羽根共同募金会、甲賀市緑化推進委員会(緑の募金)、甲賀市社会福祉協議会、日本赤十字社及び滋賀県共同募金会(歳末助け合い運動)】への募金及び寄付金に充てるために集金され、集金後その年度内に本件各会に募金及び寄付金として支払われることが予定されていたものである。しかし、募金及び寄付金は、その性格からして、本来これを受け取る団体等やその使途いかんを問わず、すべて任意に行われるべきものであり、何人もこれを強制されるべきものではない。……従前募金及び寄付金の集金に協力しない会員も多く、本件各会ごとに態度を異にする会員がいる中で、班長や組長の集金の負担の解消を理由に、これを会費化して一律に協力を求めようとすること自体、被控訴人の団体の性格からして、様々な価値観を有する会員が存在することが予想されるのに、これを無視するものである上、募金及び寄付金の趣旨にも反するものといわざるを得ない。また、少額とはいえ、経済状態によっては、義務的な会費はともかく、募金及び寄付金には一切応じない、応じられない会員がいることも容易に想像することができるところである。……募金及び寄付金に応じるかどうか、どのような団体等又は使途について応じるかは、各人の属性、社会的・経済的状況等を踏まえた思想、信条に大きく左右されるものであり、仮にこれを受ける団体等が公共的なものであっても、これに応じない会員がいることは当然考えられるから、会員の募金及び寄付金に対する態度、決定は十分尊重されなければならない。
したがって、そのような会員の態度、決定を十分尊重せず、募金及び寄付金の集金にあたり、その支払を事実上強制するような場合には、思想、信条の自由の侵害の問題が生じ得る。もっとも、思想、信条の自由について規定する憲法一九条は、私人間の問題に当然適用されるものとは解されないが、上記事実上の強制の態様等からして、これが社会的に許容される限度を超えるときには、思想、信条の自由を侵害するものとして、民法九〇条の公序良俗違反としてその効力を否定される場合があり得るというべきである
本件決議は、本件各会に対する募金及び寄付金を一括して一律に会費として徴収し、その支払をしようとするものであるから、これが強制を伴うときは、会員に対し、募金及び寄付金に対する任意の意思決定の機会を奪うものとなる。なお、……被控訴人の本件各会に対する募金及び寄付金の支出と会員からの集金とは、その名目にかかわらず、その関係は直接的かつ具体的であるということができる。
次に、被控訴人は、……強制加入団体ではないものの対象区域内の全世帯の約八八・六パーセント、九三九世帯が加入する地縁団体であり、その活動は、市等の公共機関からの配布物の配布、災害時等の協力、清掃、防犯、文化等の各種行事、集会所の提供等極めて広範囲に及んでおり、地域住民が日常生活を送る上において欠かせない存在であること、被控訴人が、平成一六年五月ころ、自治会未加入者に対しては、〔1〕甲南町からの配布物を配布しない、〔2〕災害、不幸などがあった場合、協力は一切しない、〔3〕今後新たに設置するごみ集積所やごみステーションを利用することはできないという対応をすることを三役会議で決定していることからすると、会員の脱退の自由は事実上制限されているものといわざるを得ない
そして、被控訴人において、本件決議に基づき、募金及び寄付金を一律に会費として徴収するときは、これが会員の義務とされていることからして、これを納付しなければ強制的に履行させられたり、不納付を続ければ、被控訴人からの脱退を余儀なくされるおそれがあるというべきである。
……そうすると、本件決議に基づく増額会費名目の募金及び寄付金の徴収は、募金及び寄付金に応じるか否か、どの団体等になすべきか等について、会員の任意の態度、決定を十分尊重すべきであるにもかかわらず、会員の生活上不可欠な存在である地縁団体により、会員の意思、決定とは関係なく一律に、事実上の強制をもってなされるものであり、その強制は社会的に許容される限度を超えるものというべきである。
したがって、このような内容を有する本件決議は、被控訴人の会員の思想、信条の自由を侵害するものであって、公序良俗に反し無効というべきである
参考判例
八幡製鉄事件(最大判S45・6・24)
「会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有する」。「目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解する」。
「会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても、会社による政治資金の寄附が、特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上、会社にそのような政治資金の寄附をする能力がないとはいえないのである。……要するに、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為である」。

南九州税理士会事件(最判H8・3・19)
税理士会は、「法が、あらかじめ、税理士にその設立を義務付け、その結果設立されたもので、その決議や役員の行為が法令や会則に反したりすることがないように、大蔵大臣の前記のような監督に服する法人である。また、税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない」。「会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。」
「その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で」、「会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある」。「特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。」

国労広島地本事件(最判S50・11・28)
組合員は、「活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務を負うものであるが、これらの義務……は、もとより無制限のものではない。労働組合は、労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする団体であつて、組合員はかかる目的のための活動に参加する者としてこれに加入するのであるから、その協力義務も当然に右目的達成のために必要な団体活動の範囲に限られる。」しかし、労働組合の活動は、「決して固定的ではなく、社会の変化とそのなかにおける労働組合の意義や機能の変化に伴つて流動発展するものであり、今日においては、その活動の範囲が本来の経済的活動の域を超えて政治的活動、社会的活動、文化的活動など広く組合員の生活利益の擁護と向上に直接間接に関係する事項にも及び、しかも更に拡大の傾向を示しているのである。」
「労働組合の活動の範囲が広く、かつ弾力的であるとしても、そのことから、労働組合がその目的の範囲内においてするすべての活動につき当然かつ一様に組合員に対して統制力を及ぼし、組合員の協力を強制することができるものと速断することはできない。」
「問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。」

以上の判例、高裁判決から、当該団体の目的・性格、寄付の目的・対象、構成員の負担の程度を考慮して、思想良心の自由を侵害する否かを判断すべきものと考えられる。

本問については認可地縁団体なので、目的は、公共性・公益性を有するものにかぎられる(地方自治法260条の2第2項1号)。そして、「正当な理由がない限り、その区域に住所を有する個人の加入を拒んではならない(260条の2第7項)」との規定から、強制加入団体と解すことはできないが、平成19年大阪高判のように、脱退の自由が事実上制限されていると言える事実があれば、税理士会事件最判に寄って団体が構成員に強制付けられる事項は狭められると考える。さらに、地縁という性質上、構成員の、寄付の対象に対する立場は様々である。(司法書士によって構成される司法書士会が、被災した司法書士の業務再開を支援する目的の寄付とは大きく異なる)最後に、自身の意思に関わらず、事実上強制させられる負担は重い。
以上から、Xの主張は認められるべきである。