問題解答例~ケースブック刑法:2講問1

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ケースブック刑法〔第4版〕解答例

第2講 実行行為

【設問1】(元ネタ→シャクティパット事件)


第1 Xの罪責

1  Xは生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを放置し、Aを死亡させた。この不作為につき殺人罪(199条)の成立を認めることはできないか。
199条は「人を殺した者」としか書かれておらず、不作為による殺人罪についての明文規定はない。とすると、処罰規定を欠いているのだから可罰性は否定されると考えることもできる。しかし、実行行為は結果発生の現実的危険性を有する行為であるが、この危険は不作為に認められることもある。そこで、不作為であっても作為と同視しうる場合には、作為犯と同じ条文で処罰されるべきである。

2  まず、実行行為としては、作為義務と作為可能性・容易性を有する不作為が、不作為による実行行為と認められる。
作為義務が認められるには、法令、契約および先行行為などの条理上の根拠と排他的支配や保護の引き受けがあることを要する。
これを本件について見ると、Xは根拠無く「点滴治療は危険である」などと言い、Yの病院に対する不信感を煽り、重篤な状態であるAを病院から運び出させていて、この行為は結果発生の危険を創出した先行行為といえる。
また、Xは自身を信奉する親族YからAの手当てを全面的に委ねられていて、保護の引き受けがある。さらに、結果防止を期待できる者がXしかいないから排他的支配もあった。したがって、Xは直ちにAの生命を維持するために必要な医療措置を受けさせるという作為義務があった。
このXの作為義務は物理的にも心理的にも容易に遂行可能であるから、作為可能性と容易性も有する。よって、Xの行為につき殺人罪(199条)の実行行為が認められる。

3  次に、因果関係としては、義務が生じた時点で義務づけられた作為がなされていれば確実に結果は生じなかったであろうという関係が求められる。
本件ではXが放置した後に、Aに痰による気道閉塞が生じ、Aはこの気道閉塞に基づく窒息により死亡している。XはYらから治療をゆだねられた7月2日午前10時30分頃の時点で、痰を除去する装置を取り付けるなどAの生命維持のために必要な医療措置をとっていれば、結果回避が合理的な疑いを超える程度に確実であったといえる。
また、痰の除去が必要であったのにも関わらず放置した結果、痰による気道閉塞に基づく窒息により死亡しているから、不作為の危険性が現実化している。したがって、Xの不作為とAの死亡との間に因果関係が認められる。

4  故意については、Xはホテルに運び込まれたAの容態を見た以降、Aの死亡の危険を認識していた。しかし、自らの指示の誤りが露呈することを避けるために「S治療」を施すにとどまっている。このことから、Xには不確定ながらAの死という結果発生の認識があり、これを認容していたといえる。よって、Xは殺人罪の未必の故意を有している。

5  以上より、Xには殺人罪(199条)が成立する。
ところで、XとYとの間に、共犯関係が認められるか問題である。すなわち、次に検討するようにYには殺人の故意が認められず、保護責任者遺棄致死罪(218条)の成立が問題になるのみであって、XとYは異なる犯罪を共同したことになる。
この点、構成要件が実質的に重なり合う限度で共同正犯(60条)の成立を認めるべきである。そこで、本件では、Xは先行行為によってAを保護すべき義務を負っていながら、生存に必要な措置を講じなかった。また、殺人罪と保護責任者遺棄致死罪の構成要件が重なり合う部分について、XとYには意思連絡があったと言える。
よって、XにはYとの関係で保護責任者遺棄致死罪の共同正犯となる。


第2 Yの罪責

1  Yは重篤な状態にあるAを病院から連れ出してホテルに運び込み、必要な医療措置を受けさせないでいたところ、Aの死亡という結果が発生した。Xと同様に、Yにも殺人罪(199条)が成立するか問題となるが、YはXの治療でAの病状は治癒すると信じていて、殺人の故意は認められない。
そこで、Yには、Xとの関係で保護責任者遺棄致死罪(218条)が成立するか問題となる。

2  Yは親族としてAに対する扶養義務を負う。Yは病人であるAを保護する義務を法令に基づき有するので、保護責任者といえる。にもかかわらず、Yは必要な措置を受けさせずに放置している。
この行為について、Xとの意思連絡が認められるから、保護責任者遺棄致死罪の共同正犯(60条、218条)が成立する。
以上