学説判例研究~行政法~ノート~106-110事件

この記事の所要時間: 1028

行政判例ノート 106~110

106:ヨット係留施設の撤去
【最判平成3年3月8日】

■論点
・撤去実施のために公金を支出することは認められるか。

■事案の概要
地元漁協から通報を受けた乙町から要請を受けた事務所長DはBに対し撤去を要請し、Bから翌5日中に撤去する旨の回答を得た。しかし、同日になっても撤去がなされないことから、乙町は事務所長Dに対して強制撤去の実施を要求したが、8日以前の撤去はできないとのことから、乙町はヨットの移動前に単独で撤去すべく、E会社と撤去工事請負契約を締結し、6日中に撤去する旨の文書をBに交付した。6日に乙町職員とE会社従業員が本件鉄杭を撤去したため、Aの予定したヨットの移動は中止された。上記撤去のために、乙町町長Yは、公金を支出した。
乙町住民Xは、請負契約の締結および乙町議員に対する時間外勤務命令はいずれも違法であると主張して、①時間外勤務手当と②請負代金の合計額について、Yに対して損害賠償を請求する住民訴訟を提起した。
1審はXの請求をすべて認容した。2審は、請負代金相当額の賠償請求のみを認容した。

■判旨
一部破棄自判、一部上告棄却。
「乙町は、乙漁港の区域内の水域における障害を除去してその利用を確保し、さらに、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全を保持する(地方自治法2条3項1号参照)という任務を負っているところ、同町の町長として右事務を処理すべき責任を有するYは、右のような状況下において、船舶航行の安全を図り、住民の危難を防止するため、その存置の許されないことが明白であって、撤去の強行によってもその財産的価値がほとんど損なわれないものと解される本件鉄杭をその責任において強行的に撤去したものであり、本件鉄杭撤去が強行されなかったとすれば、Cによる除去が同月9日以降になされたとしても、それまでの間に本件鉄杭による航行船舶の自己及びそれによる住民の危難が生じないとは必ずしも保障し難い状況であったこと、その事故及び危難が生じた場合の不都合、損失を考慮すれば、むしろYの本件鉄杭撤去の強行はやむを得ない適切の措置であったと評価すべきである。」
「本件請負契約に基づく公金支出については、その違法性を肯定することはできず、Yが乙市に対し損害賠償責任を負うものとすることはできないといわなければならない。」

■解説
・法律の留保原則によれば、行政が市民の意思に反して市民所有の工作物を強制撤去するためには、撤去権限を定めた法律の根拠が必要である。その上で、行政措置が緊急を要する事例(例えば、被侵害利益が生命・身体のように重要なものである場合とか、放置することによる公益侵害が取り返しがつかないほど重大である場合)について、法令上の根拠を有しない行政措置が適法とされる余地はないのか、それはどのような理論・要件の下で認められるのか、という問題が問われてきた。これが、行政の緊急避難措置と呼ばれる問題であり、本判決はこれを考えるうえで、重要な素材を提供する。

・本件はXがYを被告として提起した、損害賠償を求める住民訴訟である。争点は、不法行為法上の賠償責任を負うべき違法性がYに認められるのか、財産管理のあり方として住民から損害賠償を請求されるだけの違法性がYに認められるのか、という点にあった。したがって、本件では、Yの撤去措置は公金支出の前提行為であり、撤去措置に見られる法令違反は「一つの考慮要素」となる。例えば、不法行為における違法性の評価方法として有名な相関関係説によれば、違法性は侵害行為の態様と被侵害利益の種類との相関関係において判断される。
本件では、鉄杭を抜いただけであるから被侵害利益は重大とはいえない。他方、侵害行為には法令違反が認められるが、他の事情(撤去作業に要する緊急性・施設所有者の不法占拠・撤去が船舶事故防止や住民の危難防止をも目的としていた点、漁港法上、乙町の管理権限が本来予定されていた点など)を参酌すると、その不法性もさほど大きなものではない。こうした総合判断を経て、本件判決は、地方公共団体の財務運営の適正化という視点から損害賠償責任を負わせるだけの違法性がYには存在しないと解釈した。

・本判決は、地方公共団体の財務運営の適正化という視点から損害賠償責任を負わせるだけの違法性がYには存在しないと解釈した。

・本判決は「民法720条の法意に照らして」下されたものであり、民法規定に見られる考え方を行政法において適用しようとする点に特色が認められる。


107:段ボール小屋の撤去
【最決平成14年9月30日】

■論点
・都が路上生活者に対して退去するよう説得し、退去後段ボール小屋を撤去する内容の環境整備工事は刑法234条の威力業務妨害罪にいう「業務」に当たるか。
・都の行為に業務妨害罪としての要保護性を失わせる法的瑕疵があったか。

■事実の概要
都が上記環境整備工事を行おうとしたところ路上生活者及び支援者らがバリケードを築く等して抵抗したため本件工事に対する威力業務妨害罪で起訴された。
1審は、被告人らを無罪とした。2審は1審判決を破棄し、本罪の成立を認めた。

■判旨
上告棄却。
「本件において妨害の対象となった職務は、動く歩道を設置するため、本件通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し、これらの者が自主的に退去した後、本件通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事であって、強制力を行使する権力的公務ではないから、刑法234条にいう『業務』当たると解するのが相当」である。
「このことは、……段ボール小屋の中に起居する路上生活者が警察官によって排除、連行された後、その意志に反してその段ボール小屋が撤去された場合であっても異ならないというべきである。」

「本件工事は、公共目的に基づくものであるのに対し、本件通路上に起居していた路上生活者は、これを不法に占拠していた者であって、これらの者が段ボール小屋の撤去によって被る財産的不利益はごくわずかであり、居住上の不利益についても、行政的に一応の対策が立てられていた」。しかも、「都が道路法32条1項又は43条2号に違反する物件であるとして、段ボール小屋を撤去する」ことは「相手方や目的物の特定等の点で困難を来し、実効性が難しかったと認められる。そうすると、道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは、やむを得ない事情に基づくものであって、業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。」

■解説
・公務に業務妨害罪を適用しうるかについて、判例は、強制力を行使する権力的公務には業務妨害罪の適用余地はないが、それ以外の活動には業務妨害罪と公務執行妨害罪とが競合的に成立するとする限定積極説の強制力説を採用している。本決定は業務妨害罪で保護される業務から強制力を行使する権力的公務が除外される論拠として、強制力を行使する権力的公務は威力による業務妨害を排除するに足りる実力を備えているから、あえてこれを本罪で保護する必要がないというところにあるとした原判決を結論において維持した。

・本決定が、工事が公共目的であること、路上生活者の不法占拠、被る不利益の程度、法定手続の困難さ等の事情から本件業務の要保護性を導き出すのは、公務執行妨害罪に準じた認定手法と見うる。


108:国犯法上の捜索・押収と憲法
【最判昭和30年4月27日】

■論点
・憲法35条のいう「第33条の場合」とは何か。

■事実の概要
Yは収税官吏の行った国税犯則取締法(国犯法)3条1項による差押えに基づく顛末書により事実を認定され有罪とされた。
1審はおよび2審は、Yを有罪とした。

国犯法
2条1項 収税官吏は犯則事件を調査する為必要あるときは……裁判官の許可を得て臨検、捜索又は差押を為すことを得。
3条1項 必要にして且急速を要し……許可を得ること能わざるときは其の犯則の現場に於いて収税官吏は同2条第1項の処分を為すことを得。

■判旨
上告棄却。
憲法「33条は現行犯の場合にあっては同条所定の令状なくして逮捕されてもいわゆる不逮捕の保障には係りなきことを想定しているのであるから、同35条の保障も亦現行犯の場合には及ばないものといわざるを得ない。それ故少くとも現行犯の場合に関する限り、法律が司法官憲によらずまた司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索、押収等をなし得べきことを規定したからとて、立法政策上の当否の問題に過ぎないのであり、憲法35条違反の問題を生ずる余地は存しないのである。」

■解説
・本判例は、直接には①憲法35条のいう「第33条の場合」とは何かという論点に答えたのであるが、争点自体は、さらに、②憲法35条が行政手続にも適用されるのか、③国犯法3条の手続は行政手続であるのか、刑事手続であるのかという論点がある。

・憲法35条は刑事手続に関する規定であり行政手続に直接適用されるものではないとし、さらに、国犯法3条は行政手続であるとする補足意見がある。


109:税務調査と憲法(川崎民商事件)
【最判昭和47年11月22日】

■論点
・収税官吏に所得税に関する調査について必要があるときは、納税義務者などに質問しまたはその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができるとした旧所得税法63条(現行国税通則法74条の2以下)および、63条の規定による帳簿書類その他の物件の検査を拒み、妨げまたは忌避した者(70条10号)、63条の規定による収税官吏の質問に対し答弁をなさない者(70条12条)は、1年以下の懲役または20万円以下の罰金に処するとした70条(現行242条)の規定が憲法35条、38条に違反するか。

■事実の概要
Yは収税官吏Aによる検査を拒んだとして旧所得税法63条、70条に基づき公訴された。
1審・2審は、Yに対し罰金1万円と判決した。

■判旨
上告棄却。
「憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前に規制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追求を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、……旧所得税法70条10号、63条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといって、これを憲法35条の法意に反するものとすることはできず、前期規定を違憲とする所論は、理由がない。」

憲法38条の「規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追求のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法の各規定が、「憲法38条1項にいう『自己に不利益な供述』を強要するものとすることはでき」ない。

■解説
・川崎民商事件後に、即時強制とは異なる行政調査という別の類型が行政法学に設けられた。


110:税務調査の要件・手続(荒川民商事件)
【最決昭和48年7月10日】

■論点
・所得税法上の質問検査において、調査日時、場所などの事前告知、調査理由などの告知は必要とされるか。

■事実の概要
Xは調査官の所得税法上の質問検査権に基づく調査を拒んだとして所得税法242条8号(現行242条9号)の罪(不答弁罪、検査拒否罪)で起訴された。
1審は、Xを無罪、2審は、1審判決を破棄し、Xを罰金3万円に処した。

■判旨
上告棄却。
「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、……質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、……実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない。」

■解説
・本決定は、税務調査の要件・手続等について最高裁が初めて基準となる見解を示したものである。