学説判例研究~行政法~ノート~136-138事件

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行政判例ノート 136~138

136:公務員の退職願の撤回
【最判昭和34年6月26日】

■論点
・公務員の退職願の撤回は許されるか。

■事実の概要
X(村立小学校講師。原告)は、55歳以上の教員に自発的に退職を求めるY(村教育委員会。被告)の勧告に従い、昭和29年3月31日付で退職する旨の願を提出したが、55歳以上の教員にも退職しない者があることを知ったため、同月26日、退職願の撤回を申し出、31日以降も引き続き勤務していた。しかい、Yが昭和29年4月20日、3月31日付でXの職を解く旨の辞令を交付したため、Xがその取消しを求めて出訴した。
1審、2審は、請求を認容した。

■判旨
上告棄却。
(ⅰ)公務員の退職願撤回が許される期間につき、「明文の規定を欠く現行法の下では、一般法理上の見地からこれを決定せざるをえない」。「退職願の提出者に対し、免職辞令の交付があり、免職処分が提出者に対する関係で有効に成立した後においては、もはや、これを撤回する余地がない」が、「その前においては、退職願は、それ自体で独立に法的意義を有する行為ではないから、これを撤回することは原則として自由である。」

(ⅱ)ただ、免職辞令の交付前において、無制限に撤回の自由が認められるとすれば、場合により、信義に反する退職願の撤回によって、退職願の届出を前提として進められた手続きがすべて徒労に帰し、個人の恣意により行政秩序が犠牲に供される結果となるので、免職辞令の交付前においても、退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には、その撤回は許されない。

(ⅲ)①Xの退職願提出はYの都合に基づく勧告に応じたもので、②撤回の同意もとがめ得ない性質のものである。③撤回の意思表示は1週間以内になされており、「任免権者の側で、本人の自由意思を尊重する建前から撤回の意思表示につき考慮し善処したとすれば、爾後の手続きの進行による任免権者の側の不都合は十分避け得べき状況にあった」。信義に反すると認むべき特段の事情はなく、Xの退職願の撤回は有効になされたものと解すべきである。

■解説
・公務員の勤務関係は行政処分によって消滅する(国公90条以下、地公49条の2以下)。公務員からの退職願提出に対し、任命権者が退職(免職)を承認する処分をしなければ、退職の法的効果は発生しない。民間労働者の場合、その自発的退職は、一方的な契約解除(民627条)たる辞職と、使用者側の同意により効果が生ずる合意解約とに区別されて論じられるが、公務員異は前者のような形態が想定されていないのである。その趣旨は、勤務関係の明確化や、突発的な公務停廃の防止の他、懲戒免職を免れようとして提出された退職願を承認せず、懲戒手続を進めて免職処分を下しうるようにすることに求められる。

・公務員の退職願に関するかつての下級審判決は、撤回を原則として認めないものと全面的に許容するものとに分かれていたが、この点につき初めての最高裁判断を下した本判決は、退職願自体に独立の法的意義がないことを論拠に原則撤回自由とし(判旨(ⅰ))、信義則違反の場合を例外とした(判旨(ⅱ))。

137:換地計画と関係権利者の同意
【最判昭和59年1月31日】

■論点
・換地計画への全員同意要件を緩和することは許されるか。また、黙示の同意は許されるか。

■事実の概要
Xは、66名共同で施行される土地改良事業の施工者であり、Yはその参加者の1人である、Xは、土地改良法95条に基づき、秋田県知事の認可を得た。その後事業計画に従い改良工事を施工し、一時利用地の指定が行われ、Yもその指定を受けた。だが、Yのみ同意しなかったため、業務執行をなし得ない状態となった。そこでXはYに対し、損害賠償、ならびにXに納入すべき経常部課金滞納分の支払を求めて出訴した。
1審および2審は、Xの請求を認容した。最高裁は、原審破棄、1審を取り消したうえで、経常賦課金・特別賦課金未納付額の納付請求を除きXの請求を棄却した。

■判旨
(ⅰ)「共同施行の改良事業において、換地計画を定めるにつき所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないとした法意は、共同施行の改良事業にあっては、施行者の組織する団体が任意団体であり、しかも、その施行に係る土地改良事業が土地改良区を設立するまでもない簡易かつ小規模なものであって、その公共性も希薄であるところから、所有権等の権利を有するすべての者の保護を第一義とし、その全員の同意がない限り、換地計画を定めることができないものとしたことにあるというべきであるから、右のような法意に鑑みると、所有権等の権利を有するすべての者は、換地計画の内容、すなわち換地の用途、地積、水利、傾斜、温度その他の自然条件及び利用条件、精算金の明細等諸般の事情を総合して、任意に換地計画に同意するか否かを判断することが許されるものというべきであって、他に換地計画に対する同意を義務付ける実定法上の根拠がない以上、右換地計画に同意すべき法律上の義務を負うことはないもの解するのが相当である。」

(ⅱ)「もっとも、法95条2項等法令の規定によれば、共同施工事業の施工認可を申請するには、「土地改良事業に係る計画の概要・・・のほか、当該土地改良事業がその性質上換地計画を定める必要があるものであるときはその換地計画の要領を定め、所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないと定められているところ」、本件の場合、「事業施行に関する同意を得る段階で既に換地が予定されており」、Yは「このことを了知して」事業認可申請について同意したのであるが、右事業認可申請に当たって、「所有権等の権利を有するすべての者が換地計画によって将来取得することになる換地の用途、面積、利用条件及び清算金の明細等が明確にされていたという事情は存しないのであるから」、事業認可申請への同意をもって、「右換地計画に同意する旨の意思が黙示的に含まれていたと解することもできない」。

■解説
・土地改良事業においては、多くの場合、事業施行により生じた新たな土地状況に適合的な形で施行地域内の土地の権利関係を再編する必要が生じるため、事業開始後に決定される換地計画に沿って換地処分が行われる。したがって、事業計画と換地計画との2段階計画システムが採用されているが、関係権利者の財産権との調整を図るために、法は、2段階いずれについても、関係権利者の同意や関係権利者から成る会議の議決といった手続を設けている。

・共同施行事業では、事業開始段階のみならず換地計画段階においても関係権利者全員の同意が必要とされるため、そのような二重の同意手続が立法論として妥当か、また、法解釈の枠内で手続を緩和する余地はないかが問題となる。本件では、法解釈による緩和の可否が焦点となった。

・まず、換地計画への全員同意要件を緩和することが法解釈上可能かという問題は、それ自体、一定条件下では換地計画への同意が義務付けられると解する余地があるかという問題(対立軸①)、および、明示の同意のない場合でも、黙示の同意もしくは同意予約の存在を認定すべき場合があるかという問題(対立軸②)とに、二分される。

・判旨(ⅰ)では、対立軸①との関係で、共同施行事業における全員同意の要求は関係権利者の保護を第一義とする趣旨によるとの「法意」理解の下に、関係権利者は換地計画の内容を熟知した上でこれに同意するか否かを「任意に」決する自由を有し、特段の「実定法上の根拠」がない以上、換地計画への同意義務付けの余地はないとの判断が示されている。他方、判旨(ⅱ)では、対立軸②との関係で、本件では、換地計画への同意等は黙示的にも存在しなかったとされる。

138:住民監査請求と一事不再理
【最判昭和62年2月20日】

■論点
・同一住民が同一の監査対象について住民監査請求を反復することが是認されるか否か

■事実の概要
町長Y1(被告)は、有限会社Y2(被告)に対し、町有地を随意契約により売却し、所有権移転登記をした。
同町の住民のXら(原告)は、町有地の売却価格が時価に比して著しく低廉であって、同町の財政運営上多大な損害を生じさせるものであるとし、その是正を求める旨の監査請求(第1回監査請求)をしたところ、同請求には理由がない旨の通知を受けた。Xらは、町有地を随意契約により売却したのは違法である旨の主張を追加して、再度住民監査請求(第2回監査請求)を行ったところ、同請求に理由がない旨の通知を受けた。
Xらは第2回監査請求の監査結果を不服として、地方自治法242条の2第1項4号(平成14年法律4号による改正前のもの)に基づき、同町に代位して、Y1に対し、Xらの主張する適正時価と売却価格との差額の損害を賠償するよう求めるとともに、Y2に対し、同額の不当利得の返還を求める住民訴訟を提起した。
1審は、Xらの訴えを不適法として却下した。2審は、従前の請求については控訴を棄却し、新たな請求については、不適法としてこれを却下した。

■判旨
上告棄却。
「地方自治法(以下、法という)242条1項の規定による住民監査請求に対し、同条3項の規定による監査委員の監査の結果が請求人に通知された場合において、請求人たる住民は、右監査の結果に対して不服があるときは、法242条の2・1項の規定に基づき同条の2・2項1号の定める期間内に訴えを提起すべきものであり、同一住民が先に監査請求の対象とした財務会計上の行為又は怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されていないものと解するのが相当である。所論は、先の監査請求と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求であっても、新たに違法、不当事由を追加し又は新証拠を資料として提出する場合には、別個の監査請求として適法である旨主張するが、かかる見解は採用することができない。けだし・・・監査委員は、監査請求の対象とされた行為又は怠る事実につき、違法、不当事由が存するか否かを監査するに当たり、住民が主張する事由以外の点にわたって監査することができないとされているものではなく、住民の主張する違法、不当事由や提出された証拠資料が異なることによって監査請求が別個のものになるものではないからである。また、・・・住民訴訟は監査請求の対象とした違法な行為又は怠る事実についてこれを提起すべきものとされているのであって、当該行為又は当該怠る事実について監査請求を経た以上、訴訟において監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由を主張することは何ら禁止されていないものと解せられる。したがって、主張する違法事由が異なるごとに監査請求を別個のものとしてこれを繰り返すことを認める必要も実益もないといわざるをえない。」

■解説
・地方自治法は、住民が普通地方公共団体における財務会計上の行為を監視するための制度として、住民監査請求と住民訴訟とを置いている。住民訴訟においては、監査請求前置主義が採用されており、住民は住民監査請求をしない限り、これを提起することは許されない(自治242条の2・1項)。

・本件の争点は、同一住民が同一の監査対象について住民監査請求を反復することが是認されるか否かである。本判決は、本件第1審および第2審と同様にこれを否認し、その理由を、住民監査請求の監査結果に不服のある住民が、地方自治法242条の2・1項に基づき、同条の2・2項1号の定める期間内に住民訴訟を提起すべきであることに求めている。要するに、本判決は、地方自治法は、住民監査請求の監査結果に不服のある住民が一定の期間内に住民訴訟を提起すべき旨の規定を置いているのであるから、そうである限りは、当該住民は、同法の規定に従い、住民訴訟を提起するより他なく、同一の監査対象について住民監査請求を反復することは許されないとの見解に立つものと考えられる。
また、本判決は、先の住民監査請求と同一の行為又は怠る事実を対象とする住民監査請求であっても、新たに違法、不当事由を追加しまたは新証拠を資料として提出する場合には、別個の住民監査請求として適法であるとするXらの主張に対しては、①監査委員は住民監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由を主張することは、住民訴訟において何ら禁止されておらず、主張する違法事由が異なるごとに住民監査請求を別個のものとして反復する必要も実益もないことを理由に、これを採用することはできないと判示している。