レポートヒント~憲法~人権規制における利益衡量

レポートヒント~憲法~人権規制における利益衡量

この記事の所要時間: 1153

人権規制における利益衡量の具体例をあげ、その問題点を指摘しなさい。

ポイント

利益考量の手法=比較衡量論(個別的比較衡量)の問題に関する理解が問われる。この問題は、個人の権利が侵害される一方で、その他大勢の利益(国益。※この利益は、「公共の福祉」と同義だが、比較衡量論では”「公共の福祉」という抽象的な原理によって人権制限の合憲性を判定する従来の考え”を否定するために、公共の福祉とは言わないことが多い。)が得られる場合、単純な比較では、個人の権利が軽く見られる点。

リーディングケース

博多駅事件の最高裁大法廷決定、全逓東京中郵事件の最高裁大法廷判決などの昭和40年代の最高裁

「それを制限することによってもたらされる利益とそれを制限しない場合に維持される利益とを比較して,前者の価値が高いと判断される場合には,それによって人権を制限することができる」

初心者へのヒント

憲法事件の論証は下の順で行われる。
①憲法上保障される権利か?(憲法上の権利であるか)
②その憲法上の権利への侵害があるか?(国家権力による介入)
③その介入行為は正当化できるか?

本問では、③の審査手法の一つとして、メジャー(多くの最高裁判例で見られる)な比較衡量論が問われている。

具体例

よど号ハイ・ジャック新聞記事抹消事件

未決拘禁者の自由につき,逃亡ないし罪証隠滅の防止または内部の規律および秩序の維持という在監目的のため,「必要かつ合理的な範囲において一定の制限が加えられることは,やむをえない」とし,その制限が是認されるかどうかは,「右の〔在監〕目的のために制限が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである」

教科書検定事件(最判平5.3.16)

よど号の判例を引用のうえ、
教科書検定が表現の自由を侵害するかどうかにつき,表現の自由は「公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり,その制限が右のような限度のものとして容認されるかどうかは,制限が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである」

比較衡量論の克服

芦部による通説的見解。判例について、目的と手段との対比を重視して整理し直して(読み直して)、こういった目的であれば、より厳しく(より易しく)審査すべきだ、と唱えた。

 二重の基準論

二重の基準論とは、憲法の保障する権利を精神的自由と経済的自由の2つに分けて、経済的自由の規制が立法府の裁量を考慮して緩やかな基準で審査されるのに対して、精神的自由の規制はより厳格な基準によって審査されなければならないという理論である。

※わが国の学説でも通説の地位を占めたが、最高裁は二重の基準論に従っていないとの指摘、二重の基準論の論拠を問題視する見解、別の枠組みを模索する見解が有力に主張されている(小山・権利の作法p86)。

規制目的二分論

国民の生命および健康等に対する危害防止のために行われる「消極目的規制」と、とりわけ社会的経済的弱者を保護するために行われる「積極目的規制」に区別し、
「消極目的規制」については、「厳格な合理性の基準」(緩やかなLRA)という、厳しめのテストで合憲性を判断し、「積極目的規制」については、積極目的規制よりも緩やかな「明白(性)の原則」という甘めのテストで判断しようとする考え。

目的手段審査4分類(芦部体系)

————-<精神的自由>———————-

○表現内容規制に対する不可欠の公的利益の基準(米判例理論)(厳格なLRAの基準)
〔目的は〕不可欠
〔手段は〕目的達成のためにぜひとも必要な最小限度

○表現内容中立規制に対するLRAの基準
〔目的は〕重要
〔手段は〕目的達成のために必要最小限度

————-<経済的自由>———————-

○経済的自由への消極目的規制(規制目的二分論)に対する厳格な合理性の基準 (中間審査的LRAの基準)(薬局距離制限事件)
〔目的は〕重要
〔手段は〕実質的合理的関連性を有する

○経済的自由への積極目的規制(規制目的二分論)に対する合理性の基準(明白の原則) (小売市場制限事件)
〔目的は〕正当
〔手段は〕一応の合理性があればよい。著しく不合理であることが明白である場合に限って違憲。

こちら↓のページも参考にして下さい。

学説判例研究~憲法~「二重の基準論」の妥当性
憲法レジュメ 「二重の基準論」の妥当性 1、基本的人権の限界について (芦部『憲法 第五版』、98‐105頁参照) 「基本的人権は、侵すことの...

泉佐野市民会館事件

最三判H7.3.7泉佐野市民会館事件
(市民会館の使用許可の申請をしたが不許可処分された事件)

〔判例理論の流れ〕 最高裁は、まず、本件会館は「地方自治法244条にいう公の施設に当たるから、」市側は「正当な理由がない限り、住民がこれを利用することを拒んではならず(同条2項)、また、住民の利用について不当な差別的取扱いをしてはならない(同条3項)」と判示した。そして、「住民は、その施設目的に反しない限りその利用を原則的に認められ、管理者が正当な理由なくその利用を拒否するときは、憲法の保障する集会の自由の不当な制限につながるおそれが生ずる。」といって、集会の自由の問題だとした。そして、「本件条例7条の各号は、その利用を拒否するために必要とされる右の正当な理由を具体化したもの」だから、「解釈適用するに当たっては、本件会館の使用を拒否することによって憲法の保障する集会の自由を実質的に否定することにならないかどうかを検討すべき」という。

集会の自由の意義・衡量について

集会の自由に対する制限は、「利用の希望が競合する場合のほかは、」施設を「利用させることによって、他の基本的人権が侵害され、公共の福祉が損なわれる危険がある場合に」、「その危険を回避し、防止するため」の「必要かつ合理的な」ものであれば是認されると判示した。

そこで、必要かつ合理的なものかは、「基本的には、基本的人権としての集会の自由の重要性と、当該集会が開かれることによって侵害されることのある他の基本的人権の内容や侵害の発生の危険性の程度等を較量して決せられるべきものである」という。

そして、「このような較量をするに当たっては、集会の自由の制約は、基本的人権のうち精神的自由を制約するものであるから、経済的自由の制約における以上に厳格な基準の下にされなければならない(最大判S50.4.30参照<薬局距離制限事件>)」。

最高裁は、参照判例として薬局距離制限事件を挙げた。通説的見解は、ここから二重の基準論を採用した解説する。しかし、近時異論も多い。

異論=「比較衡量論じゃないか!」:二重の基準論は、精神的自由の制約は経済的自由の制約よりも厳格な審査基準を用いるというものである。しかし、本判決は精神的自由の制約だから審査基準を厳格にするという趣旨ではない。集会の自由と施設管理権とが比較される枠組みの中で、精神的自由である集会の自由の側を重んじて衡量しようという趣旨である。二重の基準論は用いられていないといえる。

法令の違憲性について

合憲限定解釈して法令違憲とはしなかった。

最高裁は、条例7条1号の「公の秩序をみだすおそれがある場合」というのは広義の表現であるが、「本件会館における集会の自由を保障することの重要性よりも、本件会館で集会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避し、防止することの必要性が優越する場合をいうものと限定して解すべきであり、その危険性の程度としては、」「単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当で」、このように解する限り、「このような規制は、他の基本的人権に対する侵害を回避し、防止するために必要かつ合理的なものとして、憲法21条に違反するものではなく、また、地方自治法244条に違反するものでもない」という。

明白かつ現在の危険の基準(CPD:Clear Present Danger)について
文章からは使っているように見える。しかし、芦部は趣旨を取り入れたにとどまるという(憲法p200)。

芦部の立場を補強する論拠
▼本来厳格なCPDを、比較衡量の枠の中で使ったので厳格性が薄まったように見える。▼法令違憲の基準として使うことは当初から全く考えられておらず、条例の解釈適用を限定するための理論として使われている。

〔参考・判決のあてはめ部分〕まず、本件団体が本件不許可処分のあった当時、関西新空港の建設に反対して違法な実力行使を繰り返し、対立する他のグループと暴力による抗争を続けてきたという客観的事実があった。したがって、市側が主観的な判断による蓋然的な危険発生のおそれを理由とすることと関係なく、本件集会が本件会館で開かれたならば、あらかじめ警察に依頼していたとしても、本件会館内またはその付近の路上等においてグループ間で暴力の行使を伴う衝突が起こる等の自体が生じ、その結果グループ構成員だけでなく、本件会館の職員、通行人、付近住民等の生命、身体または財産が侵害されるという事態を生ずることが、具体的に明らかに予見されたということができ、本件不許可処分は憲法21条、地方自治法244条に違反しない。

公務員の政治的活動の事例

最二判H24.12.7 堀越事件 社会保険庁東京保険事務局目黒社会保険事務所に勤務の年金審査官であった者が、日本共産党を支持する目的を持って、都内のマンションなどに「しんぶん赤旗」をポスティングした行為について、国家公務員法102条1項(人事院規則14-7第6項7号、13号(5項3号))、110条1項19号違反であると起訴された事件。

最二判H24.12.7 世田谷事件 厚生労働省課長補佐たる厚生労働事務官であった者が、日本共産党を支持する目的を持って、共産党機関紙「しんぶん赤旗」の号外を東京都世田谷区の警視庁職員官舎の各集合郵便受け32か所にポスティングした行為について、国家公務員法102条1項(人事院規則14-7第6項7号)、110条1項19号違反であると起訴された事件。

※当てはめ部分と結論を除いて、両判決は同日で同内容。

【審査基準について】

政治活動の自由は表現の自由(21条1項)として保障されており、この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって重要不可欠な基本的人権であるから、公務員に対する政治的行為の禁止は、国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が画されるべきとする。

「本件罰則規定による政治的行為に対する規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうか」は、「本件罰則規定の目的のために規制が必要とされる程度と、規制される自由の内容及び性質、具体的な規制の態様及び程度等を較量」するといい、よど号ハイジャック記事抹消事件で示された比較衡量の基準(積極的に利益考量する)と同様の基準が用いられた。

比較衡量論は批判が多いが、実は、よど号は厳格な要件で適用された例。結局、どの程度厳しくするかは、裁判所の態度による。よって、猿払のような目的手段審査を取るくらいなら比較衡量で考える方がよい。ちなみに法の目的はたいていもっともらしいから、結局、目的手段審査においても、規制を行う側に有利に働きやすい。

猿払事件最高裁判決の目的手段審査

表現の自由はとりわけ重要な権利であるが、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼の維持は国民全体の重要な利益であることから、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、合理的で必要やむを得ない限度であれば許されるとし、

その判断基準としては、①禁止の目的、②この目的と禁止される政治的行為との関連性、③政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討する必要があるとする。

最高裁は、審査基準③について、「失われる利益」は、公務員の政治活動という「行動を伴う表現」の中の「意見表明そのもの」の制約ではなく、「行動のもたらす弊害の防止」に伴う限度での表現活動に対する「間接的、付随的制約にすぎない」から、得られる利益の方が重要だとしている。

参考・本サイト学説・判例研究~憲法~表現への規制態様

【審査の度合い(本サイトの自説)】

刑罰を科す行為を狭めて解釈したこと、そして間接的付随的論をとらなかったので、猿払と比べれば厳しい審査ができている。

また、目的手段審査的性格が失われたこと(よど号の審査基準を前面に出してきたこと)は、猿払のように穏やかな審査基準を導く論理を放棄したとも捉えることができる。

しかし、目的手段審査を行わない比較衡量の枠組みでも、厳格審査基準である「明白かつ現在の危険の基準(CPD)」を用いることは可能で、これを用いるべきだった。

またCPDからさらに適用違憲を導くことができて非侵害者側からは都合が良い。(多くの学者はCPD以外の違憲審査基準を適用違憲の場面でつかうことはできないとする。)。本件(とくに堀越事件)では、適用違憲にすべきだったと考える。

克服法のまとめ
・他の審査基準ですべし!
・比較衡量の枠組みでより厳格に(丁寧に)審査すべし!

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