学説判例研究~憲法~国会の地位

この記事の所要時間: 107

国会の地位

モンテスキューの権力分立論

モンテスキューの権力分立論は、民主主義を前提としていなかった。むしろ急激な民主化にブレーキをかけるという意図があった。つまり、穏健派であったモンテスキューは、旧支配階級であった国王および貴族と、新勢力である市民階級の間で権力を分け合い、階級間のバランスを求めたのである。

具体的には、立法権は、上院が貴族、下院が市民の二院制が実現した。執行権は国王が担った。司法については、特定の階級に固定すると間違った裁判が行われる可能性があるため、その担い手は固定せず、非常勤で持ちまわるのがよいとした。このように、モンテスキューの権力分立論は、国王や貴族などの旧支配階級にも権力を与えている点で国民主権と君主主権の妥協であるといわれる。

モンテスキュー以後は、勢力の均衡が破れて市民への権力集中と議会優位の国家体制ができあがる。そうなるとイギリスでも議会主権とか立法国家とかいうことが言われるようになりモンテスキュー・モデルと合わなくなった。すなわち、モンテスキューの権力分立論は、今日の三権分立論とは異なり、国民主権と矛盾・対立する関係にある。

国民主権と権力分立の関係

ジョン・ロックは、自然権を擁護するに適した政治制度として、国家権力を立法権と執行権に分類するという形の権力分立を提唱した。
またモンテスキューは、国家権力は分散されるべきであるという考えから、立法権、執行権、司法権の三権をそれぞれ別個の機関に担わせるべきであると説いた。しかしながら、彼の説いた三権分立は、国王と貴族、そして市民という社会的な権力分立を基礎として国家権力をそれぞれの社会的勢力の代表機関に分有させ、そのいずれにも国家の全権を掌握させないという意味で、妥協的統治原理の性格を持つものであった。これは、君主主権から国民主権への過渡期においてその時代における諸権力(国王、貴族、市民)の抑制・均衡の確保を目指す手段であったと考えられる。

彼らが理論を提唱した後、国民主権の理念が確立していき時代思想には大きな変容があったにもかかわらず、この権力分立が維持されてきたことにはどのような意味があるのだろうか。

ロック、モンテスキューは権力分立を提唱するにあたり、共に、権力を持つ者はその濫用に走りやすいという人間の性質を前提に、国家の権力をひとつの機関に掌握させると、「彼ら自身の私的利益に適合させ、以って社会および政府の目的に背反する」(『市民政府論』)ことにその根拠を置いた。しかしながらフランスでは、国民主権の名の下においても、プープル主権が強調された時代においては、権力分立よりもむしろ立法権を中心とする権力集中が原則とされ、ここに、必ずしも国民主権概念と、権力分立とが不可分な概念ではないことがわかる。つまり、国民主権の名の下においても、やはり権力の一極集中、ひいてはその濫用の現象は生じうるのである。
20世紀においても、ナチズムの台頭と、社会主義をイデオロギーとする政党の政権掌握の歴史的事実がこのことを示す。前者は指導者民主主義、後者は民主集中制を主張し「民主」の名において権力分立を退けた。これらの歴史的経験に基づき、国民主権を実質的に担保する制度として、権力分立が有効不可欠であるということが、現在においてもこの権力分立構造が維持されてきたことの意味といえる。

他方、国民主権の原理が確立した現代において、権力を分立させる意味そのものを問う視点もまた存在し得る。確かに主権としての権力は国民のみに存するものであり、国家機関に分割される性質のものではない。とすると、権力分立にいうところの権力とは、実質的には機能にすぎないという解釈が妥当すると思われる。しかしながら、権力を機能と再定義したとしても、その機能の性質上、実質的な権力としての側面をもつことは否定できない。とすれば、やはり、権力(機能)分立という統治形態を堅持することが、主権者である国民の権利と自由を擁護するために、国家権力を分散させ、相互に抑制と均衡を行わせる不可欠な手段として評価されるものであると考える。

地方自治について

三権分立は、通常、国家権力の立法、行政、司法の分立と考えられるが、その目的が権力の集中を防止することだと考えると、地方自治も権力分立だといえる。憲法では、地方自治を定めているが、これは中央の統一的権力の強大化を抑えて権力を地方に分散させることを目的としている。その意味では、中央権力の分立と目的は同じといえるので、権力分立といえる。中央権力の分立が、水平的な分立だとすると、地方自治は垂直的な権力分立だといえる。

政治的美称説

この説では、三権は基本的に対等であり、「最高機関性」とは政治的な美称である、とする。すなわち、最高機関性には法規範としての意味を持たない、この文言から法的な効果は生じないという意味である。
その理由として、国会は主権者でもなく、統治権の総攬者でもなく、また内閣の解散権と裁判所の違憲審査権によって抑制されていることを考えると、国会が最高の決定権を有し、国政全般を統括する機能があるとは考えられないからである。また、判例もこの説を採っており、国会は他の国家機関に対して絶対的優位にあると解することはできないとしている。

しかし、憲法41条の文言からして、国会が他の国家機関に優越すると考えるのが自然である。この説は、ソ連における国会を意識しすぎたために提唱されたのではないかと考えられる。ソ連憲法には、「ソ連邦の国家権力の最高権力はソ連邦最高ソビエトである」という文言があり、実際にソ連では国会(ソ連邦最高ソビエト)に権力が集中し、行政、司法も議会から派生していた。
すなわち、政治的美称説は、憲法に同じような条文があることから、このようなソ連の国会と日本の国会が同様のものになることを懸念して提唱されたと考えられる。
また、政治的美称説の考え方からすると、行政の肥大化に対応できなくなってくるという問題がある。立法権のほうがが強くなければ行政への権力集中は食い止められない。

「実質的意味の立法」とは

41条は、国会を「国の唯一の立法機関」であると規定している。ここにいう「立法」という文言については、形式的意味と実質的意味の2つの理解がありうる。

形式的意味は、内容に関わりなく国会の議決によって成立する国法の一形式としての「法律」と捉え、実質的意味は、一定の内容・性格をもつものとして「法律」を考える。
前者の意味でこの規定を理解すると、国会の議決によって成立する成文法を定立するのは国会のみであると言う同義反復か、せいぜい国会以外の機関が「法律」という形式の法規範を制定できないことを意味するにとどまり、この規定の意義が滅却されてしまう。
それゆえ、「立法」については実質的に理解した上で、その具体的な内容が何かを追及すべきである。この具体的内容については、「国民の権利・自由を制限し、あるいは義務を課す法規範」というように狭く捉える学説が有力であった。しかし、国家の役割が飛躍的に増大した今日、国家による国民への権利の付与や義務の免除なども多くの局面で見られるが、権利・自由の制限や義務の賦課に該当しないこれらは立法権に含まれなくてもよいとは言いがたい。(→生存者叙勲制度)そこで、広く、不特定多数の人・事件に適用される一般的抽象的法規範をさすと考えるべきである。

生存者叙勲制度の法形式

生存者叙勲制度は、国民の権利を制限し、義務を課するものではないので、法律の根拠を必要としないと理由付けて、国会はなんら関与せず、内閣の政令によって運営されている点に法形式上の問題がある。法形式上の問題のほかにも「民より官が優遇されている」「基準が不透明」といった批判もある。

内閣府 http://www8.cao.go.jp/shokun/seidogaiyo.html
1 勲章(1)春秋叙勲
生存者に対する勲章の授与は、昭和21年5月3日の閣議決定により一時停止されていましたが、昭和38年7月12日の閣議決定により再開されることになり、その第1回の叙勲(賜杯を含む。以下同じ。)は、昭和39年4月29日付けで、各界の功労者に対して授与されました。その後、現在に至るまで春秋叙勲として毎年2回、春は4月29日付けで、秋は11月3日付けで授与されています。

候補者は、栄典に関する有識者の意見を聴取して内閣総理大臣が決定した「春秋叙勲候補者推薦要綱」に基づき、各省各庁の長から推薦されます。内閣府賞勲局は、推薦された候補者について審査を行い、原案を取りまとめます。その後、閣議に諮り、受章者が決定されます。

受章者は、大勲位菊花章、桐花大綬章、旭日大綬章及び瑞宝大綬章を、宮中において天皇陛下から親授され、旭日重光章及び瑞宝重光章を、宮中において内閣総理大臣から伝達されます。また、その他の中綬章等の勲章並びに銀杯及び木杯にあっては、各府省大臣等から伝達されます。いずれの場合も、受章者は勲章を着用し、配偶者同伴で天皇陛下に拝謁します。

このほか、権利を侵害しているにも関わらず法律上の根拠がないと指摘されている、Nシステムの問題などがある。(東京高判 H21.1.29)

裁判所の法案提出権

41条の唯一の立法機関の意義→国会中心立法と国会単独立法の原則
国会単独立法に反しないか。
議案の提出は立法過程か→立法過程にあたらなければ問題ない→立法過程にあたる⇒単独立法の原則との抵触

必要性→  本件法案成立により規則(77)と法律の抵触が解消される
許容性
国会単独立法の原則(41)は国民主権(前文第1段、1条後段)に基く

国民の権利義務に関連する事項か否かが基準

訴訟に関する手続、弁護士については国民の権利義務との関係が密接ゆえ裁判所の法案提出権は認められることは国会単独立法の原則に反するが、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項については国民の権利義務との関係が希薄ゆえ裁判所に法案提出権を認めても国会単独立法に反しない。

内閣の法律案提出権の場合との比較

内閣法5条は合憲であるというのが通説だが、その理由は、議院内閣制においては①国会と内閣は協働関係にあるので許されるとする、あるいは②法案提出は、立法過程の一部だとしても立法作用には含まれず審議・決定権が国会に留保されている限り、単独立法主義に反しないというものである。

前者①の理由を重視する立場に立てば、法案提出権は内閣にのみ例外的に認められるものであり、裁判所には認められないということになろう。ただし、その場合でも77条と競合するような立法については、例外的に裁判所にも認められるという解釈も成り立つ余地があるが、実質はともかく、「裁判所規則」ではなく「法律」形式が採用される限り裁判所は関与できないとする方が妥当であろう。

後者②の理由が決定的だとする立場に立てば、法案提出段階においては内閣であれ、裁判所であれどんな機関が関与しても問題はなく、単独立法主義は損なわれないということになる。この場合、法案の内容は、77条に定める事項に限られず、何であっても構わないということに理論的にはなる。もちろん、これは、権力分立のチェックアンドバランスをどう理解するかということにかかわっており、かなり大胆な解釈であるといえる。

なお、法原理機関たる裁判所は政治から遠ざかるべきで法案提出に関与することはそもそも許されないとする考え方もあろうが、これは権力分立のあり方を固定的にとらえすぎており現代の権力分立論としては妥当でない。そもそも裁判所が政治から遠ざかるべきであるならば、違憲審査権などあり得ない。司法権の独立との関係を気にする人もいるかもしれないが、独立が脅かされるというよりは強化につながるので問題でない。

また、裁判所が自ら関与した法律を審査しなければならなくなることを理由に認められないと考えた人もいるかもしれないが、提案どころか自ら制定した最高裁判所規則も違憲審査の対象となるということからして、この理屈は成り立たない。

フォローする