リーガルクエスト憲法Ⅰ第2章問題~日本憲法史

リーガルクエスト憲法Ⅰ第2章問題~日本憲法史

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リークエ憲法1第2章 日本憲法史

問題1 押し付け憲法論

日本国憲法は、GHQに押し付けられた憲法であるから無効であり(「押し付け憲法論」)、真の国民主権を確立するためには、日本国民自身が憲法を制定するべきであるという議論がある(自主憲法制定論)。日本国憲法制定史を振り返り、 いかなる意味において「押し付け」があったのか否か、 また、仮に「押し付け」の事実があるとした場合、それは、日本国憲法の妥当性にとっていかなる意味をもつか。

GHQの行動

リークエ55頁

・GHQ案提示=松本試案の否認、天皇主権から国民主権への転換を含んだ。
・GHQとの折衝=「憲法改正草案要綱」と「内閣草案」の作成に際した折衝。
・GHQによる修正要請=「国民意思の至高性」という文言を用いて主権転換をあいまいなままにしていたのを、「主権の存する日本国民」という表現に修正。

(※ポツダム宣言=民主主義的傾向の復活強化と基本的人権の尊重を要求。(52頁))

憲法の妥当性

リークエ59頁

押し付け憲法論を「論理的にバックアップしたのが無効説であるが、問われるべきは、そこでいう無効の意味である」。

リークエ58,59頁<無効説について>

「無効説によれば、明治憲法の改正手続によって国民主権の憲法へと転換することは、改正権の限界を超えており、日本国憲法は無効である」。

さらに無効説は、ハーグ条約付属規則43条(内政不干渉の原則)違反を補強理由とする。しかし、「同条約は交戦中の占領に適用されるものであり、休戦条約に基づく占領には適用されないとして、GHQの憲法改正への関与の正当性は、休戦条約であるポツダム宣言との関係で問えばよいとする見地からの反論がある」。

「なお、日本国憲法の制定はその手続において瑕疵があったと認識する点において無効説と共通しつつ、施行後の憲法規定の履行行為によって、憲法は完全な効力をもつに至ったとする説もある(追認説)」。

「日本国憲法の施行以降、その定めるルールに従って統治権力を行使することを、統治担当者自らが受容し、日本国憲法の下での法実践が反復履行され、半世紀以上に至る。……憲法の妥当性は統治担当者による受容という社会的事実に依存しているが、それは、憲法が国の「最高法規」であって、その妥当性をさらに遡って根拠づける上位の法規範が存しないと解する以上、理論的な帰結である」。

樋口66‐67頁

「日本国憲法は、当時の日本政府に対する関係では『おしつけ』られたものであったが、国民=世論の意思に反して『おしつけ』られたものではなかった。しかし同時に――本来、民定憲法がそうであるはずとはちがって――国民=世論自身によって政府に対して『おしつけ』たものでもなかった。」(1946年5月27日毎日新聞紙上に発表された「有識者」調査では象徴天皇制への賛成が85%にのぼる。また、知識人のなかで、共和制を主張する高野岩三郎案や、国民主権を前提として考えた「憲法研究会」案があった。)

芦部27-29頁

「一国の憲法はその国の国民の自由意志に基づいて制定されなければならない。この原則に反して、ある国の憲法制定に他国が強圧的に介入する場合には、内政干渉の原則、憲法の自主性・自律性の原則違反の問題が生じる。日本国憲法の場合は種々の議論があるが、総司令部からの強要的要素はあったとしても、憲法自律性の原則は、法的には損なわれなかったと解するのが妥当である」。

国際法的にみて、「条約上の権利に基づいて、一定の限度で、一国の憲法の制定に関与することは、必ずしも内政不干渉の原則ないし憲法の自律性の原則に反するものではない」。国内法的にみても、「諸点(28,29頁の7点)を総合して考えると、日本国憲法の制定は、不十分ながらも自律性の原則に反しない、と解することができる」。

問題2 戦前戦後の国家の同一性

明治憲法下の法令の効力について、通説的見解は、それが日本国憲法と「内容」において矛盾・抵触しない限り有効であるとしているが、その理由として、日本国は敗戦によって占領統治下におかれることとなったが、同じく敗戦国であるドイツの場合のような徹底的破壊を免れ、「国家の同一性」が維持されていることを挙げている。 このような理由づけと、「八月革命説」とは整合的だろうか。 また、そこにいう「国家」とは何か。

樋口87頁

「98条1項は経過法的な意義を持ち、……『この憲法』に反するものの効力を否定すると同時に、それ以外のものは引きつづき効力を維持することをみとめたもの、と解される」。「但し、98条1項のそのような効果は創設的なものでなく、かりに同条項のような規定がなくとも、国家の同一性自体が失われたと考えられる場合以外には、旧憲法下の法令の効力が憲法の変更自体によって否定されるものではない。大日本帝国憲法と日本国憲法との関係を、旧憲法の「改正」ではなく新憲法の「制定」としてうけとる場合、そこで国家の同一性が失われたと言えるかどうかによって、この点での見解は分かれる」。

「国体」について

芦部23頁

「ポツダム宣言との関連で深刻な問題となったのは、日本の『国体』が護持されるかどうかであった。『国体』は、①天皇に主権が存することを根本原理とする国家体制、②天皇が統治権を総攬するという国家体制、③天皇を国民のあこがれの中心とする国家体制、という三つの異なる意味に用いられた。①と②は法学的概念、③は道徳的・倫理的概念であ」る。

樋口132,133頁

「憲法制定後も、『国体は変わっていない』という説明がさまざまに試みられたが、法的な意味の『国体』が、主権原理の変更とともに変わったことは、はっきりしていたはずである。法的意味での『国体』が変ったと考える論者も、その多くは、『法律家以外の国民が国体と考えるところ』は変っていない、と説明した」。

八月革命説について

リークエ57頁

八月革命説によると、ポツダム宣言の12項は「国民主権原理の採用を要求するものと解されるので、同宣言の受諾の時点において主権、すなわち憲法の『根本建前』の所在に変動が生じ、法理論的な意味での『革命』が行われたとされる」。そして、「日本国憲法は、8月14日付で主権者となった国民によって『制定』された民定憲法であり、明治憲法はポツダム宣言の趣旨と矛盾する限りにおいて失効したと」解する。

参考・引用文献

リーガルクエスト憲法Ⅰ、第9章
芦部信喜「憲法<第5版>」岩波書店、2011年
樋口陽一「憲法<第3版>」創文社、2007年