政治学レジュメ~ナショナリズムの類型

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政治哲学レジュメ~ナショナリズムの類型

Gellner,Ernest(1983) . Nations and Nationalism. Oxford: Blackwell Publishers

加藤節・亀嶋庸一・室井俊通・西崎文子訳『民族とナショナリズム』、岩波書店、2000年

アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』第7章 ナショナリズムの類型

ナショナリズムとは、読み書き能力を基礎とする高文化に参加し、関係し、同一化することに関わるものであること、その高文化は、政治的単位とその構成員全体とに広く行き渡っているものであること、そして、その社会の基礎となっている分業体制の種類、生産のタイプや様式と両立するためには、その高文化はそういった広く行き渡った種類のものでなければならないこと、というのがそれである。(160頁)

社会状況の三要素

① 権力

(近代社会の権力は、常に不可避的に中央集権的=権力の保有者とそれ以外とに大まかに分割される)

② 教育・高文化に近づく機会

(権力保有者、権力非保有者の一方あるいは両方が機会を有しているか否かによって4つに分類される)

③ 文化の同一性と多様性

(社会が一つの文化しか持たないか、それとも二つの文化があって権力保有者は他の人々とは異なる文化に属しているか、に分けられる)

ナショナリズムの三つの類型

「ハプスブルク」(そしてその東と南との突端)のナショナリズム (ライン2)

権力を持たない者は、民族的な文化を共有しており、それは、かなりの努力と、標準化され持続的なプロパガンダとがあれば、もう一つの競合的な高文化に転じうる。この努力は、エスニックグループの知的覚醒者たちによって行われ、時が来ればこのグループは、自分たちの国家を樹立し、その下で、新たに生まれた、あるいは場合によっては再生した文化を維持し保護することになる。

プラムナッツのいう東欧的ナショナリズムにあたる。

※「アフリカ」タイプと呼ばれる修正

地域的な民族文化が多すぎるため、あるいは互いをあまりにも妬みあうため、あるいは何か他の理由で、誕生しつつある国家の新しい高文化となりえない場合に生じるタイプである。

西欧のナショナリズム(ライン4)

このモデルに対応する歴史的現実は、19世紀のイタリアとドイツとにおける統一を目指すナショナリズムである。イタリアとドイツとにおける文化への政治的な保護は、フランスやイギリスの文化に対して与えられていたものと比べると、明瞭に、そしてイタリア人とドイツ人とにとっては不愉快にまで劣っていた。しかし、教育の機会の問題になると、いかなる意味でも劣っていなかった。

そこで、是正が必要となるのは、権力の不平等と、一つの文化(そして一つの経済)を覆う政治的屋根の欠如とであり、またその文化にアイデンティティを見出し、その文化の維持に貢献する制度の欠如であった。

プラムナッツのいう西欧的ナショナリズムにあたる。

ディアスポラ・ナショナリズム(ライン6)

このモデルでは、権力非保有者が近代的スタイルへの教育の機会をもち、権力保有者はこれを持たない。そして、権力非保有者は専門家としての知識に優れる。このような状況の中で、権力非保有者は政治的基盤を持てず、さらには嫉妬に晒さらされる。

そこで、このモデルでのナショナリズムにとっては、領土の獲得が主要の問題となる。成功した例としては、イスラエルである。これは、ヒュー・トレヴァー=ローパーの言葉を借りるなら、「ヨーロッパのナショナリズムの中で、最後の、そして最も典型的でない」ものであった。