問題解答例~Law Practice 民法1~代理権の濫用

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ロープラクティス民法〈1〉14 代理権の濫用

問題の元ネタ ⇒ 最判昭和42年4月20日(民集21巻3号697頁)

最判昭和42年4月20日

事実の概要

株式会社高橋総本店の営業部門である製菓原料店の主任は、仕入れと販売の権限を有していたが、同社元主任の誘いに乗り、他に転売して差益を自らの物にする目的で、同社名義で東京物産から練乳を購入した(権限濫用行為)。

この取引に関与した株式会社東京物産の支配人は、先方の主任の行為が権限濫用にあたることを知っていた。

東京物産株式会社が、株式会社高橋総本店に対して売掛代金の支払を請求。一審、二審とも東京物産株式会社が敗訴。原判決が、相手方が代理人の意図を知りまたは知り得べかりしときにかぎり本人に効力が及ばないとした点について、理由が明らかでないなどの理由で上告した。

判決

上告棄却。

「代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とするから(株式会社の代表取締役の行為につき同趣旨の最高裁判所昭和三五年(オ)第一三八八号、同三八年九月五日第一小法廷判決、民集一七巻八号九〇九頁参照)」、原判決に所論の違法はなく、株式会社高橋総本店に本件売買取引による代金支払の義務はないとした。

補足意見(大隅裁判官)

悪意の相手方がそのことを主張して契約上の権利を行使することは、法の保護の目的を逸脱した権利濫用ないし信義則違反の行為として許されないものと解すべきである。その意味において、多数意見の結論は支持さるべきものと考える。」

しかし、九三条但書の規定を類推することについては妥当でないという。「代理行為が成立するために必要な代理意思としては、直接本人について行為の効果を生じさせようとする意思が存在すれば足り、本人の利益のためにする意思の存することは必要でない。したがつて、代理人が自己または第三者の利益をはかることを心裡に留保したとしても、その代理行為が心裡留保になるとすることはできない。おそらく多数意見も、代理人の権限濫用行為が心裡留保になると解するのではなくして、相手方が代理人の権限濫用の意図を『知りまたは知ることをうべかりしときは、その代理行為は無効である』という一般理論を民法九三条但書に仮託しようとするにとどまるのであろう」。「一般理論にその論拠を求めるのであるならば」、「権利濫用の理論または信義則にこれを求めるのが適当ではないかと考える」。

また、多数意見とは結論が異なる場合がある。「多数意見によれば、相手方が代理人の権限濫用の意図を知らなかつたが、これを知ることをうべかりし場合には、本人についてその効力を生じないことは明らかであるが」、自説だと、「むしろこの場合にも本人についてその効力を生ずるものと解せられる」という。そして、「代理人の権限濫用が問題となるのは、実際上多くは法人の代表者や商業使用人についてであることを考えると」、「いつそう取引の安全に資することとなつて適当ではないかと思う」という。


本判決の多数意見は、「心裡留保説」に立ち、大隅裁判官は、「信義則違反説(権利濫用説)」に立っている。

「心裡留保説」によると、相手方に過失があれば本人が保護される(93条但書)が、「信義則説」によると、相手方に重過失がない限り本人に責任を負わせることになる。

代理行為者の相手方の立場から「取引の安全」を重視するなら「信義則説」を取るべきと言えるが、この見解はあまりにも相手方を保護しすぎている。「信義則説」は、信義則に反する程の重過失であれば本人を保護すべきと考えるが、この重過失の判断基準が明確ではないから、代理制度の利用を萎縮させ、円滑な取引を害する危険がある。


解答例

  •  Aは、Xから本件土地の管理と処分をほぼ全面的に委ねられていて、本件抵当権設定契約の代理行為は、委ねられた事項に属するという意味で客観的には代理権の範囲内にあったといえる。しかし、本件抵当権設定契約は、第三者Cの債務の担保に供する目的であって、Aの利益を害する行為である。
    代理行為が本人の利益のためではなく、自己または第三者の利益を図る目的でなされた行為(代理権濫用行為)であっても、有権代理行為と解すべきであろうか。
  •  この点、代理権の範囲は本人の利益のためにする行為に限られるとの前提から、代理権濫用行為は、民法110条の代理権喩越による表見代理行為であるとの見解がある。この見解に従うと、代理権濫用行為は無権代理行為となり、110条を類推適用して、相手方が代理行為者に代理権があると信じるべき正当な理由が認められる場合に、相手方が保護されることになる。
    しかし、この見解によると、代理権の範囲を主観的に決めなければならず、相手方のうかがいしれない事情によって無権代理とされる可能性がある。これでは、円滑な取引行為が害されてしまい、妥当ではない。
  •  そこで判例・通説は、代理権の範囲は客観的に定まることを前提として、代理権濫用行為はあくまでも有権代理行為であると解するが、私はこれを支持する。これによると、代理権の存否の判断が容易となり、取引の安全性が保たれる。

  •  代理権濫用行為を有権代理行為と解するとしても、利益を害された本人の保護は、いかなる場合に認められるだろうか。
  •  この点について判例は、心裡留保に関する民法93条但書の規定を類推して、相手方が権限濫用行為を知りまたは知ることができたときは、代理行為を無効とする。
    他方、相手方が代理権の濫用の事実について悪意または重過失がある場合には、代理行為の効果が本人に帰属すると主張することが信義則違反または権利濫用にあたるときは無効とする見解がある。これによると、相手方の主観的要素から権利濫用や信義則違反を導き出せるかを検討することになるが、その主観を見極める基準が不明確であって、代理取引を萎縮させる恐れがあり妥当でない。
  •  よって、判例を支持し、93条但書の規定を類推する考えをとる。
    判例に対しては、代理行為についての「効果意志」は存在するのだから心裡留保の事情はないという批判がある。確かに、代理人は本人に法律効果を帰属させる意志を持って代理行為をするが、本人に帰属させる旨の表示と、実際は自己または他人の利益を図っている内心との関係で心裡留保に似た状況が生じているといえる。
  •  以上の立場から、本件について検討する。
    まず、YがAの代理濫用につき悪意であったことは認められない。では、過失があっただろうか。
    この点、Yは金融を専門とする銀行であるから、取引に関しては通常人より重い調査義務がある。すなわち、本件の場合、YはX本人対して契約を確認する程度のことは行うべきであった。Xは、契約から数ヶ月が経過してから抵当権設定に気が付いたという事実から、Yはその調査義務を果たしたとはいえず、過失が認められる。
  •  したがって、Xは、Yの過失を指摘し、93条但書を類推して、本件抵当権設定契約は無効であると主張できる。よって、Xは不当利得返還請求権に基づき、抵当権設定登記の抹消登記手続を求めうる。

以上

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