学説判例研究~憲法~在外国民選挙権訴訟

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憲法学説判例研究 在外国民選挙権訴訟

防御権ではない権利の審査手法

参照:小山権利の作法p113~114、160~169

防御権

憲法上の権利の中心は自由権であり、自由権の主たる内実は、国家の侵害に対抗する防御権である。そこで国家に求められるのは、不作為となる。

憲法と法律が競合する場合、両者の関係は、憲法上の権利に対し法律が制限を加え、憲法上の自由を縮減する、というものである。憲法上の権利と法律による制限との間には、原則―例外関係が成立し、正当ないし重要な目的のための必要かつ合理的な制限でない限り違憲となる。

積極的権利

積極的権利は、防御権とは反対に、国に対して一定の作為を要求する。古典的受益権と憲法25条1項の生存権がこれにあたる。(知る権利や、「新しい人権」については、防御権的側面と積極的側面の複合的性格を有している。)

立法裁量

防御権については、積極目的による規制等が問題となるのではない限り、立法府の判断余地が正面から語られることは少ない。しかし積極的権利については、二重の未確定性から、立法府に裁量の余地が認められる。二重の内容は、第一に、作為請求権の履行にあたっては、通常、複数の手段が存在し、手段の選択は、国の裁量に委ねられること(手段仕組みの未確定性)。第二に、防御権は、制限が必要最小限であることが求められるが、通常、積極的権利は、可能な限り最大限の作為を国家に求めるものではないこと(内容程度の未確定性)である。

権利制限と制度形成の区別

ここでいう「制度」は立法者が決定した仕組みという意味

選挙権は制度に依存する権利である(積極的権利と同質)。(43条2項:「両議院の議員の定数は、法律でこれを定める」47条:「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」)したがって、制約は、制度の決定に付随して発生することがある。そこで、制約の実態を、「権利の制限」と見るか、「制度の形成」と見るか問題となる。

ここで、権利の論理に従った審査と、制度の論理に従った審査とでは、論証の作法が全く異なることを確認する。

権利が制限されると捉えると、防御権と同様の理屈が用いられる。在外国民選挙権違憲判決は、重要な権利に対する強力な制限(行使機会の剥奪)であると捉えられて、審査基準も厳しくなった。

他方で、衆院選挙小選挙区制度訴訟判決など、制度形成の問題だとすれば、法律による規律は、第一義的には権利の制限ではなく、いわばゲームのルールを定めるようなものと観念される。つまり、立法裁量論が主として表れる傾向が生まれる。

(小選挙区訴訟の判決の構成は、①制度の理念および立法裁量の確認→②立法者が採用した基本方針の合理性の確認→③その基本方針に照らした、具体的な規制ないし較差の合理性の審査という順になる。つまり、③の審査の準拠点となっているのは、憲法それ自体ではなく②で立法者が下した基本決定なのである。)

最大判H17.9.14 在外国民選挙権訴訟 上告審

事件の概要

在外国民である原告が、在外国民を理由として選挙権の行使の機会を保障しないことは、憲法14条1項、15条1項・3項、43条、44条並びに、市民的及び政治的権利に関する国際規約25条に違反するとして国を被告として提訴。

主位的請求:

改正前の公職選挙法が、衆議院議員及び参議院議員の選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認

改正後の公職選挙法が、衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認

予備的請求:

原告らが衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認

立法府である国会が過失により原告らの選挙権の行使を可能にするための公職選挙法の改正を怠ったために原告らは(1996年の衆議院議員選挙において)選挙権を行使できず、損害を被ったとして国家賠償を請求

本判決の特徴
●厳格な審査(原則と例外をひっくり返さず、出来るだけ例外は認めないこと)をして違憲判断を下した。
・権利の制限として審査された。
・立法裁量論に言及されなかった。
・目的手段審査を用いなかった。●立法不作為についても国賠法上の違法性が認められることを示した。
↑在宅投票制度判決(最判S60・11・21)の実質的な判例変更

違憲審査基準の枠組み

(権利の重要性について)

「国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものを成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民すべてに平等に与えられる」。

「憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障している」。

根拠条文については、人権規定だけでなく、前文と1条をあげて、それにより選挙権が「議会制民主主義の根幹を成す」権利だということを補強している。

「自らの選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されない」。

「国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない」。そして、「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り」、やむを得ない事由があるとは言えない。

このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条但書に違反する。

原則として制限を許さず、例外として、やむを得ない事由があるときは制限が許される。としていて、違憲の推定を強く働かせている。ここでは、利益考慮的な考えが出てきていない。
例外に関して、公共の福祉という概念も用いられていない。
原則と例外をひっくり返さず、できる限り例外は認めないという姿勢が表れていて、厳格な審査基準と言える。

↓(本件へのあてはめ)

「世界各地に散在する多数の在外国民に選挙権の行使を認めるにあたり、公正な選挙の実施や候補者に関する情報の適正な伝達等に関して解決されるべき問題があったとしても、既に昭和59年の時点で、選挙の執行について責任を負う内閣がその解決が可能であることを前提に上記の法律案を国会に提示していることを考慮すると、同法案が廃案になった後、国会が10年以上の長きにわたり在外国民選挙制度を何ら創設しないまま放置し、在外国民に選挙において投票することを認めなかったことについて、やむを得ない事由があったと到底いうことができない」。

目的審査基準を使わなかったことについて (目的審査基準は原告側に不利)『「目的がやむにやまれぬ政府利益で手段が必要不可欠」とか「立法目的が必要不可欠で達成手段が必要最小限」とかいった基準……このような審査方法は「例外」措置をとっている国側のサイドに立ってその必要性と合理性を審査するので、本来の趣旨から外れて、あるいは憲法の原則・価値から外れて、例外を広く認めることになる場合がある。例外にも必要性や合理性はあるからである。』本件の場合、原告の側に立って目的審査基準をとったのだと説明することもできるし、立法の不作為について目的手段に分けて審査をやることは難しかったのだという説明もできる。

確認の訴えについて

一審(1999.10.28)は、違法確認請求に係る訴えは具体的紛争を離れて、改正前の公職選挙法又は改正後の公職選挙法の違法の確認を求める訴えであるというべきで、法律上の争訟にあたらないとした。「抽象的」…「制度要求訴訟だ」…

※2004年(H16年)の行政訴訟法改正で、4条に「公法上の法律関係に関する確認の訴え」が付け加えられた。抗告訴訟だけでは国民の権利救済が図れないため。

法律上の争訟について、最高裁は、憲法そのものから具体的権利性が認められる。

争訟であることは論をまたない。として認めた。

↓(そのうえで、)

主位的確認請求である改正前の違法確認訴訟は、過去の法律関係の確認を求めるものであり、確認の利益がないと判断。

改正後の違法確認訴訟は、他により適切な訴えによってその目的を達成することができる場合には、確認の利益を欠くと示し、予備的確認請求に係る訴えの方がより適切とした。

予備的確認請求は、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)。

選挙権は、これを行使することができなければ意味がないものと言わざるを得ず、侵害を受けた後に争うことによって権利行使の実質を回復することができない性質のものであるから、その権利の重要性に鑑みると、具体的な選挙につき選挙権を行使する権利の有無につき争いがある場合にこれを有することの確認を求める訴えについては、それが有効適切な手段であると認められる限り、確認の訴えの利益を肯定すべき。

国家賠償請求について

最高裁昭和60年11月20日 在宅投票制度廃止事件 (百212)国会議員は立法に関しては原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではない。立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国賠法の規定の適用上、違法の評価を受けない。⇒ 例外定式   ※一審は、在宅選挙制度の判旨を引用し、原則として立法府である国会の裁量に委ねられているとした。

国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきもの。

違憲と国賠法上の違法は二元的という立場にたっている。職務行為基準説。

仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、それゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。

(ここまで、昭和60年判決と同様の立場)

↓(新基準 ※例外の範囲が広がった)

例外的に立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、

②国民に憲法上保障されている権利行使の機会を保障するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合には、立法行為、立法不作為は国賠法の違法の評価を受ける。

↓(本件へのあてはめ)

在外選挙制度の立法措置は必要不可欠であったにもかかわらず、法律案が国会に提出されてから10年以上も放置していたのであり、このような著しい不作為は例外的な場合にあたり、過失の存在を否定することができない。

立法不作為の結果、選挙において投票することができず、これによる精神的苦痛を被ったというべきで、国家賠償請求を認容すべきと判断した。

最高裁自身は、判例変更といっていないが、新たな基準が持ち出されていて、実質的な判例変更といえる。違法に関して二元的に解する部分の立場はこれまでと同様。 ※最高裁平成18年7月13日 精神的理由により投票所に行くことが困難な有権者が立法不作為による国家賠償を求めた訴訟では、平成17年判決の枠組みが使われた。

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