憲法学説判例研究~表現の自由への事前規制

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表現の自由への事前規制

税関検査訴訟

税関検査の性質

戦後長い間、税関検査についての憲法判断はなされなかった。輸入禁制品にあたる旨の通知に処分性が認められなかったため(具体的な個人の権利義務にかかわらないとされた)、行政処分ではないとして行政訴訟とされなかった。

しかし、横浜税関事件(S54.12.24)で最初に処分性が認められた。札幌税関でも認められた。最高裁は、通知がなされると許可されない限り手元には届かず、実体的な権利義務の範囲を決めているから、処分であるといった。

最大判S59.12.12 札幌税関検査訴訟上告審

8ミリフィルムと書籍を輸入しようとした者が、それらが輸入禁制品に当たるという通知を受けたため、通知及び決定の取消し(抗告訴訟)と、国家賠償を求めた。原告の主張:いろいろな情報に触れて人間の幅を広げる。知る権利の侵害だ。

「検閲」について

本判決は、21条2項前段にいう「検閲」は絶対的禁止であると示した上で次のように定義づけた。

すなわち、「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上不適当と認めるものの発表を禁止すること」が検閲に当たるという。

検閲概念に関する学説
【宮沢説(古くからある説)】
検閲とはすなわち事前抑制であると広く捉えたうえで、検閲とは、公権力が外に発表されるべき思想の内容あらかじめ審査し、不適当と認めるときは、その発表を禁止することであるとする。
 ⇒ 広く検閲が当てはまることになるが、そもそも税関検査の通知は処分性がないとされていたので裁判できなかった。【芦部説】
宮沢説をベースに、主体となる公権力とは裁判所も含むことを確認。対象としては、思想内容ではなく広く表現内容と解すべきといい、時期は発表前に限定するのではなく、表現の自由を「知る権利」を中心に構成する立場をとれば、事後規制も重大な抑止的効果を及ぼすのだから受領前とすべきという。

最高裁 宮沢説 芦部説
①主体 行政権 公権力 公権力
②対象 表現物 思想内容 表現物
③目的 発表の禁止 —– —–
④方法 網羅的一般的 —– —–
⑤時期 発表前 発表前 受領前
⑥効果 発表の禁止 発表の禁止 発表(受領)の禁止

↓(本件への当てはめ)

①税関検査は、関税徴収手続きの一環として、これに付随して行われるものであって、思想内容等の表現物に限らず、広く輸入される物全般を対象としている。思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではなく、検閲概念に当てはまらないと判示した。

さらに、②についても、国外においては発表済みのものであって、事前に発表そのものを一切禁止するものではなく当てはまらないという。

一審の検閲概念
一審判決は、それまでの「通説」的な検閲の定義によっている。
但し、検閲対象については「思想の内容」としているが、本件ポルノ類をも「思想表現の方法たる本件物件」としており、必ずしも「思想」に狭く限定しているわけではない。また、審査及び禁止の時期については「発表」時を基準としているが、「思想表現受容の権利」(いわゆる「知る権利」)の保障の観点から実質的には受領時を基準としていると見ることができる。これらのことからすれば、その検閲概念は、「定義」上は「宮沢説」的であるが、実質的には「芦部説」に近いと言うことができよう。なお、一審判決は、検閲に該当するとして違憲判断を行ったが、絶対的禁止の立場はとっていない。絶対的禁止とした最高裁判決が合憲で、例外を認める相対的禁止とした一審判決が違憲になった点も注目される。(例外的に認められる場合として、社会公共の福祉にとって明白かつ差し迫った危険が存在する如き、いわば、制約を受ける者の側から見て表現の自由の濫用とでも言う場合であって、事後規制によっては規制の実効性を望み得ない場合。⇒本件は単純所持であるため、社会公共に危険はないから当たらないとされた。)

検閲と事前抑制との関係について

宮沢説は検閲と事前抑制とを同視し、21条2項は事前抑制の禁止で絶対的禁止(「表現の自由に対する事前の検閲さえ禁止すれば、そのほかの制限は憲法の許容するところ(宮沢俊義「憲法Ⅱ」1959)」)ではなかった。

しかし、本判決は、事前抑制のうちの特定のものが検閲になり、21条2項が検閲の禁止、21条1項が事前抑制の禁止の規定と考えられるようになった。つまり、検閲は絶対的禁止であるとされた。

ただし、検閲の定義を絞りすぎたため、検閲に該当するような場合は想定できないという問題が発生した。

規定の明確性について

法定意見は、合憲限定解釈を行った。すなわち、風俗を害すべき書籍が何を指すかは、規定の文言から一義的に明確にされているとは言えないと不明確性を認めつつ、「猥褻な書籍、図画等」を意味するものと限定解釈しうるという。刑法175条に関する判例の蓄積により明らかにされていて、広汎もしくは不明確にすぎるということはないというのである。

反対意見は、風俗の持つ意味は必ずしも性風俗とは限らないといい、文言自体から見れば規定が猥褻物以外のものに適用される可能性を否定することはできないとして批判する。また、法廷意見のような解釈が通常の判断能力を有する一般人に可能であるとは考えられないという。

学説の主流は、精神的自由に関しては萎縮効果が重大であるから、限定解釈しなくても明確でなければならないとする。

出版物の差止

出版等の表現行為の性質

出版等の表現行為により名誉侵害をきたす場合には、人格権としての個人の名誉の保護(13条)と表現の自由の保証(21条)とが衝突する。

私人間の問題であるかに見えるが、実際に差止をするのは裁判所であるから公権力との関係の問題として扱うことはできる。

最大判S61.6.11 北方ジャーナル事件上告審

月刊誌「北方ジャーナル」が知事選立候補予定者について、名誉毀損的な内容の記事を掲載しようとし、その記事の内容を知った予定者が裁判所に名誉権の侵害を予防するために執行官保管、印刷、製本および販売、頒布の禁止を求める仮処分申請を行い、それが認められた。

これに対し、北方ジャーナルが仮処分およびその申請は憲法21条の禁止する検閲および事前抑制にあたり、表現の自由を侵害するという理由で上告した。

裁判所による差止は検閲にあたるか

最高裁は、「仮処分による事前差し止めは表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって」、検閲には当たらないという。

そして、「裁判所が事前差止めを命ずる仮処分を発するには、原則として口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性などの主張立証の機会を与えること」が原則であるから、両者の発言の機会が与えられていて公平公正なものであると強調する。

出版物の事前差止めは、事前抑制として憲法21条1項に違反しないか

まず、出版物の事前差止めは、このような事前抑制に該当することを認める。

そして、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されるという。

すなわち、その対象が公務員または公職選挙の候補者に対する評価、批判の表現行為に関するものである場合、一般に公共の利害に関する事項であるというべきであり、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、表現行為に対する事前差止めは原則許されない。

例外として差止めが認められる基準について

伊藤裁判官は、補足意見で次のように説明する。「表現の自由と名誉権との調整を図っている実定法規である刑法230条ノ2の規定の趣旨を参酌しながら、表現行為が公職選挙の候補者又は公務員に対する評価批判等に関するものである場合に、それに事前に規制を加えることは裁判所といえども原則として許されないとしつつ、例外的に、表現内容が真実でなく又はそれが専ら公益に関するものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれのある場合に限って、事前の差止めを許すとするものである」という。

①公共の利害に関する事項であることを前提に、②表現内容が真実でなく、又は③もっぱら公益を図る目的のものでないことが明白である場合(①~③=刑法230の2)、④重大にして著しい損害の恐れがあるとき(一般的な差止の要件)差止できる。すなわち、差止できないのは、公共事実でもそれが真実で、専ら公益を図る目的で、重大な損害が生じるおそれがないとき。差し止めなかったものが事後的に名誉毀損になるとまずいのでこのような基準をとったとみられる。(残された問題:①②かつ③④とすると、公共事実で、真実でなく、専ら公益目的である場合は、差し止められず、事後的に名誉毀損になってしまう)
「現実の悪意」の法理とは
公人が表現行為の対象である場合、行為者がその表現にかかる事実が真実に反し虚偽であることを知りながらその行為に及んだこと、または虚偽であるか否かを無謀にも無視して表現行為に踏み切ったことを原告が立証しない限り、当該表現行為について私法上の名誉毀損の成立を認めないとするもの。アメリカ判例上、名誉毀損に基づく損害賠償請求を認めるにあたって要求される要件。

その他の判例

最三判H14.9.24 石に泳ぐ魚事件上告審

文芸作品の差止めが認められた初めての最高裁判決。が、基準としては甘く、ずさんな判例で重要ではない。

宴のあと事件

政治家の私生活について。①私生活上の事実またはそれらしく受け取られる恐れのある事柄、②一般人の感受性を基準にして当該私人の立場にたった場合、③一般人に知られない事項であること、といったプライバシー権侵害の要件が示された。

エロス+虐殺事件(東京高決S45.4.13)

人格的利益の侵害を理由とする映画の公開上映の禁止を求める請求権が認められないとされた事例。このとき個別の利益衡量(おだやか)の基準が用いられたことが注目される。すなわち、差止めを認めないことによる被侵害者の不利益の態様・程度と差止めによって表現者が受ける不利益のそれとを比較衡量するといった。

刑法の名誉毀損罪と憲法21条との関係    対立する関係にある。そして、日本国憲法で表現の自由の保護範囲(プライバシー)が一気に広がると、刑罰規定との調整が必要となり、公共の利害に関する場合の特例として刑法230条の2が設けられた。

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