2017年司法試験刑事系第1問採点実感(全文)刑法

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平成29年司法試験の採点実感(刑事系科目第1問)

1 出題の趣旨について

既に公表した出題の趣旨のとおりである。

2 採点方針

本問では,比較的長文の具体的事例に基づき甲及び乙の罪責を問うことにより,刑法総論・各論の基本的な知識と問題点についての理解の有無・程度,事実関係を的確に分析・評価し,具体的事実に法規範を適用する能力,結論の妥当性,その結論に至るまでの法的思考過程の論理性,論述力等を総合的に評価することを基本方針として採点に当たった。

すなわち,本問は,⑴甲が,Aから,B信販会社が発行したA名義のクレジットカード(以下「本件クレジットカード」という。)を,腕時計Xを購入するためだけに利用することを条件として借りたところ,その条件に反することを認識しつつ,時計店店主Cに対し,腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込み,本件クレジットカードを手渡した上,売上票用紙にAの名前を記入して手渡し,腕時計Xと腕時計Yを購入したこと,⑵甲と乙が,Aが甲の顔面を殴ろうとしてきたのを防ぐため,正面からAに体当たりし,路上に仰向けに倒れているAを押さえ付けるなどし,更に乙が右手に持った石でAの顔面を1発殴り,Aに全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負わせたこと,⑶甲と乙が,失神したAの様子を見てAが死亡したと思い,Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けようと考え,Aのズボンのポケットから財布1個を持ち去ったことなどを内容とする事例について,甲及び乙の罪責を問うものであるところ,これらの事実関係を法的に分析した上で,事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し,問題文に現れた事実を具体的に指摘しつつ法規範に当てはめて妥当な結論を導くこと,さらには,甲及び乙の罪責についての結論を導く法的思考過程が相互に論理性を保ったものであることが求められる。

そして,甲及び乙の罪責を検討するに当たっては,それぞれの行為や侵害された法益等に着目した上で,どのような犯罪の成否が問題となるのかを判断し,各犯罪の構成要件要素を検討し,問題文に現れた事実を丁寧に拾い出して当てはめ,犯罪の成否を検討することになる。

さらに,本問は,論じるべき点が多岐にわたることから,事実認定上又は法律解釈上の重要な事項については手厚く論じる一方で,必ずしも重要とはいえない事項については簡潔な論述で済ませるなど,全体のバランスが取れるように工夫して答案を構成し,最後まで書き切ることが求められていた。

本問で論じるべき点は,出題の趣旨で示したとおりである。

甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為について,甲の罪責を検討するに当たっては,まず,甲が名義人Aの承諾を得たにもかかわらず,その承諾を超えて他人名義のクレジットカードを利用した行為について,詐欺罪の成否を論じる必要があり,その際には,1項詐欺と2項詐欺のいずれが成立するのかを理由付けを含めて簡潔に述べた上,欺罔行為の内容,その他の構成要件要素について,事実を指摘して具体的に論じることが求められていた。

次に,甲が,腕時計購入の際,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前を記入し,これをCに手渡した行為について,名義人の承諾がある場合の有印私文書偽造罪の成否を論じる必要があり,名義人Aの承諾の有無が関係する「偽造」の要件,その他の偽造罪の要件,行使罪の「行使」の要件について,それぞれ事実を指摘して具体的に論じることが求められていた。

さらに,甲がAとの約束に反して本件クレジットカードを利用した行為について,Aとの関係で犯罪が成立しないかを論じる必要があり,背任罪が成立すると構成する見解,横領罪が成立すると構成する見解が考えられるところ,いずれの見解でも,構成要件該当性について,事実を指摘して具体的に論じ,更に背任罪と横領罪の関係,不法な目的による委託信任関係の要保護性,既遂時期等について的確に論じることが求められていた。

甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為について,甲及び乙の罪責を検討するに当たっては,まず,傷害罪の構成要件該当性及び共同正犯の成否について,共謀が終了したと見るべき事情が存在しないかどうかを含めて,事実を指摘して具体的に論じることが求められていた。

次に,正当防衛・過剰防衛の成否を論じる必要があり,「急迫不正の侵害」及び「防衛の意思」について簡潔に論じた上,甲と乙の行為が「やむを得ずにした行為」と認められるかについて,「やむを得ずにした行為」の意義(防衛行為の必要性・相当性)及び共同正犯における相当性の判断方法を簡潔に論述し,防衛行為として相当性の範囲を逸脱したか否かを具体的に論じることが求められていた。そして,防衛行為の相当性について,共同正犯者全員の行為を対象として判断し,甲と乙の一連の行為が防衛行為の相当性の範囲を逸脱したと認めた場合には,甲と乙のいずれについても,客観的には過剰防衛と評価されることになり,乙には過剰防衛が成立することを論じつつ,甲については,乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識しておらず,過剰性を基礎付ける事実を認識していなかったことから,違法性阻却事由の錯誤について論じることが求められていた。他方,防衛行為の相当性を共同正犯者ごとに個別に判断し,甲の行為は防衛行為として相当であるが,乙の行為は防衛行為として相当性の範囲を逸脱したと認めた場合には,甲には正当防衛が成立し,乙には過剰防衛が成立することを論じる必要があった。

甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について,甲及び乙の罪責を検討するに当たっては,まず,甲がAのズボンのポケットから財布を取り出して,同財布を甲の上着ポケットにしまった行為が,客観的には窃盗罪の窃取に該当することを簡潔に論じる必要があった。

次に,甲と乙がAから財布を奪った時点で,甲と乙はAが死亡したものと認識していたため,窃盗罪の故意に関してAの占有を侵害する認識が認められるかについて論述することが求められており,Aの占有を侵害する認識を肯定する場合には,窃盗罪の故意が認められ,この認識を否定する場合は,主観的には占有離脱物横領罪の認識を有しているにすぎないこととなるので,抽象的事実の錯誤について論じる必要があった。

さらに,甲は「財布の中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考え,乙は「財布を捨ててしまおう。」と考え,Aから財布を奪っていることから,窃盗罪又は占有離脱物横領罪の不法領得の意思が問題となるところ,不法領得の意思の要否及び内容を明らかにした上,事実を具体的に指摘してその存否を論じることが求められており,甲について不法領得の意思を肯定して,甲の行為は窃盗罪又は占有離脱物横領罪の構成要件に該当し,乙について不法領得の意思を否定して,乙の行為は器物損壊罪の構成要件に該当すると考えた場合には,異なる構成要件間における共同正犯の成否を簡潔に論じる必要があった。

3採点実感等

各考査委員から寄せられた意見や感想をまとめると,以下のとおりである。

⑴全体について

本問は,前記2のとおり,論じるべき点が多岐にわたることから,各論点の体系的な位置付けを明確に意識した上,厚く論じるべきものと簡潔に論じるべきものを選別し,手際よく論じる必要があった。すなわち,甲及び乙の罪責を論じるに当たって検討すべき論点には,重要性の点において軽重があり,その重要度に応じて論じる必要があったが,これを考慮することなく,必ずしも重要とは認められない論点や結論が明らかな事項の論述に多くを費やしている答案が見受けられた。

本問を論じるに当たって必要とされている論点全てを検討した答案は少数であったが,その少数の答案を含め,総じて,規範定立部分についてはいわゆる論証パターンをそのまま書き写すことだけに終始しているのではないかと思われるものが多く,論点の正確な理解ができていないのではないかと思われる答案が目に付いた。法的三段論法については,多くの答案において意識されていたものの,規範定立や判断方法を一切示さずに,問題文に現れた事実を抜き出しただけで,その事実が持つ法的意味を特段論じることなく結論のみを記載するという答案も多く見受けられた。全ての論点について,法的三段論法に従って論述する必要はないが,規範定立の上,結論を導くのに必要な事実を指摘して,妥当な結論を導くことが求められている。

なお,答案を構成するに当たり,甲と乙で分けて論じた答案には主要な問題点の検討が欠けていたり,論点の論述に重複したりするものが多かったが,時系列に沿って,甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為について甲の罪責を論じ,甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為及び甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について甲と乙の罪責を論じた答案には,主要な問題点の全てについて検討し,各論点についても過不足なく論述することができているものが多く,答案構成力が問われる問題でもあった。

⑵甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為について

甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為について,甲の罪責を検討するに当たって論じるべき点は,①詐欺罪の成否,②有印私文書偽造罪及び同行使罪の成否,③背任罪又は横領罪の成否である。

まず,①の点については,ほとんどの答案で検討されており,欺罔行為の意義を示した上,加盟店を被害者とする1項詐欺の成立を認める結論を導き出しているものが多かったが,欺罔行為の意義について,いわゆる論証パターンを書き写しているだけのものや正確に記述できていないもの,構成要件を形式的に記述するだけのものが少なからず見受けられた。

本問は,名義人の承諾がある場合のクレジットカード詐欺の成否を問うだけの問題ではなく,その承諾を超えてクレジットカードを利用した場合について,欺罔行為の内容の検討を求めるものであったが,そもそも名義人の承諾について検討している答案が少なく,名義人の承諾を超えて腕時計Yを購入した点について検討している答案は極めて少なかった。また,名義人の承諾を検討していても,財産上の損害に関連付けて検討する答案は極めて少なく,最高裁判所平成16年2月9日決定(刑集58巻2号89頁)が「仮に,被告人が,本件クレジットカードの名義人から同カードの使用を許されており,かつ,自らの使用に係る同カードの利用代金が会員規約に従い名義人において決済されるものと誤信していたという事情があったとしても,本件詐欺罪の成立は左右されない。」と判示するところを正確に理解できていないのではないかと思われる答案が散見された。

1項詐欺と2項詐欺のいずれが成立するのかについては,多くの答案が1項詐欺として検討していたが,2項詐欺との区別を意識して論じるものは少数であった。

②の点については,ほとんどの答案で検討されていたが,「名義人と作成者の人格の同一性を偽った」との簡単な論証で終わっている答案が多く,名義人の承諾があることを踏まえた上で有形偽造と認められるかについて検討している答案は少なかった。また,名義人の意義と作成者の意義を混同している答案も散見され,文書偽造罪の基本的理解が不足しているのではないかと思われる答案が目に付いた。

これらの詐欺罪,有印私文書偽造罪及び同行使罪については,甲が名義人Aの承諾を得て借りた本件クレジットカードを用いて犯行に及んでいることから,甲の罪責として,Aとの共同正犯の成否について簡潔に論じることが望ましいところ,この点について論じる答案は少数にとどまった。本問では,Aは,甲から頼まれて,甲に本件クレジットカードの利用を承諾したにすぎず,利益も得ていないことからすると,Aの正犯性を否定し,Aとの共同正犯は成立しないとの結論になると思われるが,単独犯では私文書偽造罪の主体となり得ない名義人が,私文書偽造罪の共犯となり得るかという論点も含まれていることから,この点は,甲の罪責を検討するに当たり,検討すべき事項であろう。

③の点については,全く検討していない答案が相当数あったが,Aとの約束に反して本件クレジットカードを利用した行為について,Aとの関係で犯罪が成立しないかを論じることが求められていた。出題の趣旨でも示したとおり,甲はAから許された本件クレジットカードを利用できる地位・資格を濫用したと捉えて,背任罪が成立すると構成する見解,甲の地位・資格が化体された本件クレジットカード自体を横領したと捉えて,横領罪が成立すると構成する見解が考えられるところ,これらの犯罪の成否を検討している答案でも,構成要件該当性について形式的な検討にとどまるものが多く,背任罪と横領罪の関係,不法な目的による委託信任関係の要保護性,既遂時期等について論じる答案は少なかった。

横領罪の成否を検討する答案の中には,誰に対する横領なのかを明らかにしていないものや,客体の特定を欠くものが少なからずあった。また,本件クレジットカードの引落口座の預金を横領したと捉えて,横領罪が成立すると構成する答案も相当数あったが,キャッシュカードと異なり,クレジットカードの所持により,その引落口座の預金を占有していると認めるのは困難であろう。

なお,甲がAから本件クレジットカードを借りた行為について,詐欺罪の成否を検討する答案が相当数あり,結論としては,多くの答案が本件クレジットカードを借りた時点ではAとの約束に反して本件クレジットカードを利用する意思が甲にはなかったとして,詐欺罪の成立を否定しているのであるが,そもそも,Aに対する詐欺罪が成立しないことは明らかであり,本問において,この点を論じる必要はなかった。

⑶甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為について

甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為について,甲及び乙の罪責を検討するに当たって論じるべき点は,①傷害罪の構成要件該当性及び共同正犯の成否,②正当防衛・過剰防衛の成否である。

①の点については,ほとんどの答案で触れられていたが,甲及び乙の行為は,Aに対する一連の行為であるにもかかわらず,これを体当たり,押さえ付け,顔面殴打に分断し,各行為について,暴行罪又は傷害罪の構成要件該当性を論じた上,共謀の有無,正当防衛・過剰防衛の成否を論じるものが半数以上を占めていた。行為を分析的に見ること自体は重要であるが,行為の全体を俯瞰して評価する視点が欠けているのではないかという疑問を抱かざるを得なかった。

傷害罪の共同正犯の成否については,共謀が終了したと見るべき事情が存在しないかどうかを含め,事実を指摘して具体的に論じることが求められていたが,乙による顔面殴打が共謀に基づくと認めた答案には,結果的加重犯の共同正犯の成否を含め適切な論述ができているものが多かった。

他方,乙による顔面殴打は共謀に基づかないと認めた場合には,甲と乙の共謀の内容は乙がAの顔面を殴打する行為に及んでいないことなど,共謀を否定する理由を的確に論じることが求められていたが,多くの答案は,乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことについて,甲が全く認識していなかったことを指摘するだけで,安易に,乙がAの顔面を殴打したことを共謀の範囲外としており,共謀を否定する理由を的確に論じていると評価できる答案は極めて少なかった。

②の点については,まず,「急迫不正の侵害」及び「防衛の意思」について論じる必要があるところ,ほとんどの答案において,それぞれの規範を定立した上,問題文に現れた事実を指摘しつつ,乙がAの顔面を殴打した時点でも甲に対する急迫不正の侵害が継続していたこと,甲と乙の行為は同一の防衛の意思に基づくことを論じることができていた。本問では,乙がAの顔面を殴打した時点においても,急迫不正の侵害及び防衛の意思が認められることは特に争いのないところと考えられるため,簡潔に論じることが求められていた。

甲と乙の行為が「やむを得ずにした行為」と認められるかについては,その意義(防衛行為の必要性・相当性)を指摘した上で,共同正犯における防衛行為の相当性の判断方法について,共同正犯者全員の行為を対象として判断するか,共同正犯者ごとに個別に判断するかを論じることが求められていたところ,この点について,理由を付して論じられている答案は極めて少なかった。

さらに,前記のとおり,乙がAの顔面を殴打した時点でも甲に対する急迫不正の侵害が継続し,甲と乙の行為は同一の防衛の意思に基づくと認められることから,相当性の判断は,甲と乙の一連の行為(体当たり・押さえ付け・顔面殴打)を一体として行われるべきことを指摘しておく必要があったが,行為の一体性を認めず,相当性の判断についても,個々の行為ごとに行う答案が相当数あった。

甲と乙の行為が防衛行為として相当と認められるかについては,問題文に現れた事実を指摘して具体的に検討することが求められていたところ,具体的な判断基準を示さないまま,問題文に現れた事実を指摘するだけで直感的に結論を導いていると思われる答案が相当数あった。また,判断基準として,武器対等の原則を用いる答案が多かったが,Aが素手で甲に殴りかかろうとしたのに対し,乙が右手に持った石でAの顔面を殴ったという事実だけで,防衛行為の相当性を逸脱するという結論を導いている答案が少なからずあった。防衛行為の相当性を判断するに当たっては,具体的な判断基準を示すことが必要であるが,武器対等の原則を形式的に論じるだけでは足りず,本問では,乙がAの顔面を殴打した時点では,既にAが仰向けに倒れた状態で甲と乙に押さえ付けられていたことや,Aによる攻撃が当初より弱まっていたこと等の事情も考慮して判断する必要があった。

次に,防衛行為の相当性について,共同正犯者全員の行為を対象として判断し,甲と乙のいずれについても客観的には過剰防衛と評価した場合,甲については,甲は乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識しておらず,過剰性を基礎付ける事実を認識していなかったため,違法性阻却事由の錯誤を論じる必要があったが,この点について論じる答案は少なく,甲についても傷害罪の過剰防衛とする答案が多かった。また,違法性阻却事由の錯誤について,事実の錯誤説に基づき,甲について,傷害罪の故意を阻却すると考えた場合には,更に過失傷害罪の成否が問題となり,過失傷害罪の成立を認める場合には,過剰防衛の任意的減免の準用の可否も問題となるが,その点について論じる答案は極めて少数であった。過剰性を基礎付ける事実を認識していなかった甲についても傷害罪の過剰防衛とする答案は,時間不足か理解不足のいずれかが原因と考えられるが,乙による顔面殴打について甲が全く認識していなかったという事実を踏まえて妥当な結論を導くという点に欠けていた。なお,本問と同種事案の裁判例として,東京地方裁判所平成14年11月21日判決(判時1823号156頁)があるので,参照されたい。

以上と異なり,防衛行為の相当性を共同正犯者ごとに個別に判断し,甲には正当防衛が成立し,乙には傷害罪の過剰防衛が成立するとする答案も相当数あり,防衛行為の相当性を共同正犯者ごとに個別に判断する理由について,共同正犯の違法性という観点から論じている答案もあったが,説得的に論じられている答案は極めて少なかった。

⑷甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について

甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について,甲及び乙の罪責を検討するに当たって論じるべき点は,①窃盗罪の客観的構成要件該当性,②死者の占有,③不法領得の意思,④共同正犯の成否である。

①の点については,多数の答案が,甲がAのズボンのポケットから財布を奪った時点でAは生きており,財布に対するAの占有が認められることを指摘した上で,甲がAのズボンのポケットから財布を取り出して,同財布を甲の上着ポケットにしまった行為が,客観的には窃盗罪の窃取に該当することを簡潔に論じることができていた。

②の点については,全く検討されていない答案が相当数あったが,甲と乙がAから財布を奪った時点で,甲と乙はAが死亡したものと認識していたため,窃盗罪の故意に関してAの占有を侵害する認識が認められるかを論じる必要があった。このように,主観の問題として死者の占有を論じるべきところ,客観の問題として論じている答案や主観と客観のいずれの問題かを明示しないまま論じている答案が少なからずあった。

死者の占有については,多くの答案が判例の立場で論じていた。最高裁判所昭和41年4月8日判決(刑集20巻4号207頁)は,「被告人は,当初から財物を領得する意思は有していなかったが,野外において,人を殺害した後,領得の意思を生じ,右犯行直後,その現場において,被害者が身につけていた時計を奪取したのであって,このような場合には,被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである。そうすると,被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は,これを全体的に考察して,他人の財物に対する所持を侵害したものというべきであるから,右奪取行為は,占有離脱物横領ではなく,窃盗罪を構成するものと解するのが相当である。」と判示するところ,甲及び乙の認識において,「被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して財物を奪取した」と認められるかを検討する必要があった。この点,甲及び乙について,乙による顔面殴打行為を利用して財布を奪取したとの認識が認められるかを適切に論述している答案が相当数あったが,甲について,傷害罪の共謀を否定し,傷害罪の共同正犯の成立を否定しているにもかかわらず,安易にAの占有を侵害する認識を肯定する答案も散見された。

Aの占有を侵害する認識を検討するに当たっては,傷害罪の共同正犯の成否や正当防衛・過剰防衛の成否での検討内容及び結論との整合性を意識して論述することが必要であったが,そのような意識が足りないと思われる答案が目に付いた。Aの占有を侵害する認識を否定する場合は,Aの財布を占有離脱物と認識していたことになり,客観的には窃盗罪の構成要件に当たるとしても,主観的には占有離脱物横領罪の認識を有しているにすぎないこととなるので,抽象的事実の錯誤について論じる必要があったが,この点に関しては,問題の所在を指摘した上,窃盗罪と占有離脱物横領罪との構成要件の重なり合いについて簡潔に論じられている答案が多かった。

③の点については,甲が「財布の中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考え,乙が「財布を捨ててしまおう。」と考え,Aから財布を奪っていることから,窃盗罪又は占有離脱物横領罪の不法領得の意思を論じることが求められていた。この論点についても,全く検討されていない答案が相当数あったが,論点に触れる答案の多くは,不法領得の意思の要否及び内容を明らかにした上,事実を具体的に指摘してその存否を論じることができていた。

なお,乙について,不法領得の意思を否定し,器物損壊罪の故意しかないことを導くに当たり,抽象的事実の錯誤を論じる答案が多数見受けられたが,不法領得の意思は,故意とは別の主観的要素であることを正確に理解していないことに起因するのではないかと思われた。

④の点については,甲が窃盗罪又は占有離脱物横領罪,乙が器物損壊罪の各構成要件に該当すると考えた場合に,異なる構成要件間における共同正犯の成否を論じることが求められていたところ,この論点を的確に論じている答案は少数であり,罪名従属性の問題であることに気付かず,故意の重なり合いの問題として論じる答案が多数見受けられた。

また,甲に窃盗罪又は占有離脱物横領罪,乙に器物損壊罪が成立するとして,共同正犯の成否を全く論じない答案も相当数あったが,そもそも共同正犯における一部実行全部責任についての理解が不十分なのではないかと思われた。

⑸罪数

罪数については,多くの答案が論じていたが,理由付けまで論じられている答案は少数であり,牽連犯について吸収関係にあるとするなど,罪数処理に関する基本的理解を欠いているものも見受けられた。

⑹その他

例年指摘しているところではあるが,字が乱雑で判読しづらい答案が少数ながら存在した。時間的に余裕がないことは承知しているところであるが,採点者に読まれるものであることを意識し,大きめで読みやすく丁寧な字で書かれることが望まれる。また,刑法で使われる基本的用語について漢字に誤記があるもの,甲と乙を取り違えて論述しているもの,問題文に現れた事実を誤認しているもの(Aの生死等)も少数ながら存在したので,これらの点についても注意して答案を作成されたい。

⑺答案の水準

以上を前提に,「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」と認められる答案の水準を示すと,以下のとおりである。

優秀

「優秀」と認められる答案とは,本問の事案全体を的確に分析した上で,本問の出題の趣旨や前記採点の基本方針に示された主要な問題点について検討を加え,成否が問題となる犯罪の構成要件要素等について正確に論述するとともに,必要に応じて法解釈論を展開し,事実を具体的に指摘して当てはめを行い,甲及び乙の罪責について,論理的に矛盾せずに妥当な結論を導いている答案である。特に,本問は,論じるべき点が多岐にわたることから,全ての問題点を検討した上で,厚く論じるべきものと簡潔に論じるべきものを選別し,最後まで書き切った答案が高い評価を受けていた。

良好

「良好」と認められる答案とは,主要な問題点について指摘できており,甲及び乙の罪責について論理的に矛盾せずに妥当な結論を導くことができているものの,一部の論点についての検討を欠くもの,必要な法解釈論の展開がやや不十分なもの,必要な事実の抽出やその意味付けが部分的に不足しているもの等である。

一応の水準

「一応の水準」と認められる答案とは,事案の分析が不十分であったり,複数の主要な問題点についての論述を欠いたりするなどの問題はあるものの,論述内容が論理的に矛盾することなく,刑法の基本的な理解について一応ではあるもののこれを示すことができている答案である。

不良

「不良」と認められる答案とは,事案の分析がほとんどできていないもの,刑法の基本概念の理解が不十分であるために,主要な問題点を理解できていないもの,事案の解決に関係のない法解釈論を延々と展開しているもの,問題点には気付いているものの結論が著しく妥当でないもの,論述内容が首尾一貫しておらず論述的に矛盾しているもの等である。

4今後の法科大学院教育に望むこと

刑法の学習においては,刑法の基本概念の理解を前提に,個々の論点の問題の所在を理解するとともに,各論点の位置付けや相互の関連性を十分に理解することが必要である。これらができていなければ,的確かつ説得的な論述はできない。

また,これまでも繰り返し指摘しているところであるが,判例学習の際には,結論のみならず,当該判例の前提となっている具体的事実を意識し,結論に至るまでの理論構成を理解し,その判例が述べる規範の刑法の体系上の位置付け,規範が妥当する範囲について検討し理解することが必要である。

さらに,今回の論文式試験では,一罪における行為の認定や共謀の認定において,問題文に現れた事実を単に拾い上げるだけにとどまり,全体を俯瞰して考える視点が欠けているのではないかと思われる答案が目に付いたとの意見が多くの考査委員から寄せられており,事案に応じた適切な事実認定ができる能力を修得することが求められる。

このような観点から,法科大学院教育においては,まずは刑法の基本知識及び体系的理解の修得に力点を置いた上,判例学習等を通じ具体的事案の検討を行うなどして,正解思考に陥らずに幅広く多角的な検討を行う能力を涵養するとともに,論理的に矛盾しない,事案に応じた適切で妥当な結論を導き出す能力を涵養するよう,より一層努めていただきたい。

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