2017年司法試験民事系第1問採点実感(全文)民法

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平成29年司法試験の採点実感(民事系科目第1問)

1出題の趣旨等

出題の趣旨及び狙いは,既に公表した出題の趣旨(平成29年司法試験論文式試験問題出題趣旨【民事系科目】〔第1問〕)のとおりである。

2採点方針

採点は,従来と同様,受験者の能力を多面的に測ることを目標とした。
具体的には,民法上の問題についての基礎的な理解を確認し,その応用を的確に行うことができるかどうかを問うこととし,当事者間の利害関係を法的な観点から分析し構成する能力,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解し,それに即して論旨を展開する能力などを試そうとするものである。
その際,単に知識を確認するにとどまらず,掘り下げた考察をしてそれを明確に表現する能力,論理的に一貫した考察を行う能力,及び具体的事実を注意深く分析し,法的な観点から適切に評価する能力を確かめることとした。これらを実現するために,1つの設問に複数の採点項目を設け,採点項目ごとに適切な考察が行われているかどうか,その考察がどの程度適切なものかに応じて点を与えることとしたことも,従来と異ならない。
さらに,複数の論点に表面的に言及する答案よりも,特に深い考察が求められている問題点について緻密な検討をし,それらの問題点の相互関係に意を払う答案が,優れた法的思考能力を示していると考えられることが多い。そのため,採点項目ごとの評価に加えて,答案を全体として評価し,論述の緻密さの程度や構成の適切さの程度に応じても点を与えることとした。これらにより,ある設問について法的思考能力の高さが示されている答案には,別の設問について必要な検討の一部がなく,そのことにより知識や理解が不足することがうかがわれるときでも,そのことから直ちに答案の全体が低い評価を受けることにならないようにした。また反対に,論理的に矛盾する論述や構成をするなど,法的思考能力に問題があることがうかがわれる答案は,低く評価することとした。
また,全体として適切な得点分布が実現されるよう努めた。以上の点も,従来と同様である。

3採点実感

各設問について,この後の⑴から⑶までにおいて,それぞれ全般的な採点実感を紹介し,また,それを踏まえ,司法試験考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」,「良好」,「一応の水準」及び「不良」の4つの区分に照らし,例えばどのような答案がそれぞれの区分に該当するかを示すこととする。ただし,これらは上記の各区分に該当する答案の例であって,これらのほかに各区分に該当す
る答案はあり,それらは多様である。
また,答案の全体的傾向から感じられたことについては,⑷で紹介することとする。

⑴設問1について

ア 設問1の全体的な採点実感

設問1は,賃借権の取得時効の要件とその成否に対する理解を問うことにより,民法の基本的知識及びそれに基づく論理構成力を問うものである。
本問で問われているのは,まず,BのCに対する所有権に基づく土地明渡訴訟に対し,Cはどのような反論をすることができるかである。ここでは,いわばCの弁護士の立場に立ってBの請求の棄却を求める根拠を提示することが求められている。丙建物を所有することによって甲1部分を占有しているCが,甲1部分のB所有を認めた上でBの請求を争う方法としては,占有権原の抗弁を主張することが考えられる。Cは,Aから甲1部分を賃借しているが,Aには甲1部分の所有権その他の賃貸権原がないから,この賃借権をもって所有者Bに対抗することはできない。そこで,Cは,甲1部分の賃借権の取得時効を主張することが考えられる。用 益期間の関係から問題となるのは,起算点をCの占有開始時(平成16年10月1日)とする10年の取得時効である。
本問では,次に,反論が認められるために必要な要件,すなわち賃借権の取得時効の要件を説明することが求められている。ここで説明すべき「要件」は,実体法上の要件のことであり,Cが主張・立証責任を負う抗弁事実に限られず,また,Cが主張・立証責任を負う要件事実が何かを論ずることは求められていない。
民法第163条・第162条第2項によると,賃借権の10年の取得時効の要件は,「10年間」「賃借権を」「自己のためにする意思をもって」「平穏に」かつ「公然と」「行使すること」,賃借権の行使の開始の時に「善意であり」かつ「過失がなかったこと」である。そして,「賃借権を行使すること」は民法第601条によると「物の使用及び収益」である。また,「自己のためにする意思」は,賃借権の取得時効については「賃借意思」として具体化される(物の用益と賃借意思が相まって賃借権の行使の意味内容を示すという理解もある。)。賃借意思は,使用借権や地上権の取得時効と区別するために必要である。なお,賃借意思の有無は,民法第162条の「所有の意思」の判断と同じく,占有取得の原因たる事実(権原の性質)によって客観的に定められる。判例(最判昭和43年10月8日民集22巻10号2154頁)も,不動産賃借権の取得時効の要件として,不動産の継続的な用益という外形的事実と,賃借意思の客観的表現を挙げている。また,民法第145条により,時効の利益を受けるには時効の援用が必要である。
本問では,最後に,Cの反論の当否について検討することが求められている。ここでは,いわば裁判官の立場に立ってBの請求の当否を検討することが求められている。まず,判例(最判昭和62年6月5日集民151号135頁)は,本問と同じく他人物が賃貸された事案において賃借権の取得時効を認めているが,かかる事案については賃借権の取得時効を認めない説もあり,また賃借権の取得時効を一般的に否定する説もあるので,賃借権の取得時効を一般的に認めない見解に立つ場合はもとより,そうでない場合にも,その理由を挙げて検討することが望まれる。
他人物が賃貸された事案において賃借権の取得時効を認める場合には,次に,その要件が充足されるか否かが問題となる。本問で特に問題となるのは,Cが用益を開始した時点(時効の起算点)である。Cが甲1部分の占有を開始したのは平成16年10月1日であるが,実際にその利用を開始したのは本件工事が始まった平成17年6月1日である。前者が時効の起算点だとすると10年の時効が完成していることになるが,後者が起算点だとすると10年の時効は完成していないことになる。そのため,Bによる時効中断の可能性と関連付けるなどして,いずれの時点が時効の起算点となるかを検討する必要がある。また,賃借意思の客観的表現とCの無過失という要件については,その要件に当てはまる具体的事実を【事実】から拾い上げることが求められる。設問1に関して検討を要する事項は以上のとおりであるが,かなり多くの答案が,Cの反論の根拠はBの所有権に基づく請求に対する占有権原の抗弁であること,占有権原としては甲1部分の賃借権の短期取得時効が問題となることを指摘していた。しかし,「Bが甲1部分を所有することを認めた上で」という題意に反し,A又はCによる甲1部分の所有権の取得時効を反論の根拠として挙げるもの,本設問の事実関係に照らしCの反論としては成立しがたいと考えられる民法第94条第2項の類推適用や,Cによる甲1部分の地上権の取得時効を挙げるものも,一定数存在した。さらに,他人物賃貸借であっても借地借家法第10条第1項の対抗要件を備えれば賃借権を所有者に対抗することができるとする民法の基本的理解に欠ける答案も散見された。
次に,Cの反論が認められるために必要な要件として,多くの答案は,民法第163条・第 162条第2項という条文から出発し,「10年間の賃借権の行使」,「自己のためにする意思」,「平穏・公然・善意・無過失」を挙げていたが,判例の「不動産の継続的な用益という外形的事実」と「賃借意思の客観的表現」という要件との関係を説明する答案は少数であり,「善意・無過失の基準時」に言及する答案もさほど多くなかった。また,要件として「時効の援用」に言及していない答案が多く,賃借権の取得時効が問題となるとしながら,「所有の意思」の有無について検討しているものも一定数存在した。また,判例の「不動産の継続的な用益という外形的事実」と「賃借意思の客観的表現」という要件のみを掲げ,条文に規定されている要件に言及しないものが相当数存在した。根拠条文すら挙げていない答案も一定数見られたが,条文が第一であり,判例も条文の解釈を行うものであることを肝に銘じてほしい。また,判例を挙げていながら,その理解が不十分であったり,要件と当てはめの対応関係が適切でなかっ
たりするものも一定数存在した。
最後に,Cの反論の当否については,賃借権の取得時効を問題にする答案の大半が,賃借権の取得時効が一般的に認められる理由を説明していた。また,多くの答案が本設問では時効の起算点が特に問題になることに気付き,理由を説明した上で,時効の起算点を占有開始時である平成16年10月1日か,本件工事開始時である平成17年6月1日とする結論を導いていた。また,取得時効が認められるのは対抗力を備えた賃借権のみであるという理解の下,丙建物の所有権保存登記がされた平成18年2月15日を起算点とする答案が少数存在したが,か
かる考え方もあり得ないではないため,一定の評価を与えている。これに対し,時効の起算点を本件土地賃貸借契約時の平成16年9月15日とする答案が散見されたが,賃借権の行使は占有を前提にすることや,賃借権の取得時効を基礎付ける理由(占有が賃借権の継続的行使を可能にすること)を理解していない点で,かかる答案には高い評価を与えることはできない。
その他の要件については,【事実】3が無過失の評価根拠事実となることを多くの答案が指摘していたが,本件土地賃貸借契約の締結と約定どおりの賃料の支払が「賃借意思の客観的表現」を基礎付けることを指摘する答案は意外に少なかった。

イ 答案の例

優秀に該当する答案の例は,Bの所有権に基づく請求に対するCの反論としては占有権原の抗弁が考えられること,占有権原として甲1部分の賃借権の短期取得時効が問題となることを指摘した上で,Cの反論が認められるために必要な要件として,民法第163条・第162条第2項に規定する各要件を挙げて,その内容を適切に説明し,反論の当否に関しては,賃借権の取得時効が一般的に認められる理由を説明し,時効の起算点についても説得的な理由を述べた上でこれを特定し,「賃借意思の客観的表現」と無過失について適切に当てはめをするものである。
良好に該当する答案の例は,優秀に該当する答案と比べたとき,検討すべき複数の事項についておおむね適切な論述をしているが,それらの一部について考察を欠くものである。例えば,民法第163条・第162条第2項に規定する要件の一部や,「賃借意思の客観的表現」が要件として必要であることやその当てはめ等について言及しないものがこれに当たる。
一応の水準に該当する答案の例は,良好に該当する答案の例と比べたとき,検討すべき事項のうち重要部分について考察を欠くものや,検討に不適切な箇所が存在するものである。例えば,Cの反論が認められるために必要な要件として,民法第163条・第162条第2項に規定する要件を挙げずに,判例の「不動産の継続的な用益という外形的事実」と「賃借意思の客観的表現」という要件のみを挙げるものや,時効起算点を本件土地賃貸借契約時の平成16年9月15日とするもの,時効の起算点に関する問題の所在に気付いていないもの等がこれに当たる。
不良に該当する答案の例は,Cの反論の根拠として,賃借権の取得時効に言及せずに,本件土地賃貸借契約に基づく賃借権,A又はCによる甲1部分の所有権の取得時効,民法第94条 第2項の類推適用,Cによる甲1部分の地上権の取得時効等を挙げるものである。

⑵設問2について

ア 設問2の全体的な採点実感

設問2は,建物所有を目的とする土地賃貸借契約がされた場合において,賃借人がその土地の上に有する建物を賃貸人の知らないうちに第三者に賃貸したときに,賃借人はその上に建物がある土地部分を無断転貸したこととなり,賃貸人は土地賃貸借契約を民法第612条により解除することができるか(下線部①),土地賃貸借契約の目的物たる土地に含まれるが,その上に建物がない部分についてはどうか(下線部②)を問うものである。
まず,設問2においてAによる解除の可否を論ずるためには,解除の原因を明らかにしなければならない。本問における事実関係の下では,Cの無断転貸を理由とする民法第612条による解除が考えられるが,下線部①及び②のいずれにおいても,Cの賃借権の無断譲渡や用法遵守義務違反等を解除原因に挙げる答案も一定数存在した。
次に,民法第612条による解除に関して,下線部①では,賃借人Cが借地上に所有する建物を第三者Dに賃貸した場合,Cはそれにより同条に違反したことになるかが問題となる。この点については,土地賃借人がその所有する地上建物を第三者に賃貸しても,その建物の「敷地」を転貸したことにならないとする判例があり(大判昭和8年12月11日判決全集1輯3号41頁),学説においても,同様に解するのが通説であるが,下線部①についても,建物の利用は敷地の利用を伴うため当然に転貸になるとする答案が数多くあった。判例等と異なる見
解を採ること自体は,その論理構成や理由が的確に論述されていれば何ら問題はないが,その場合でも,判例等がそのような見解を採っている理由を踏まえた上で論述をすることが望ましいところ,上記答案の多くは,上記判例の存在や建物の賃貸が敷地の転貸に当たるとした場合に生ずる問題点等に全く触れておらず,説得力に欠けるものが多かった。
また,特段の理由も示さずに転貸に当たらないとする答案も相当数あった。判例等と同じ立場であるため,理由を示さなかったものと推測されるが,本設問において,下線部①の事実が転貸に当たるか否かは,Cの反論が認められるかどうかを分ける重要な論点となるのであるから,判例等と同じ立場を採る場合でもその理由を的確に論述する必要がある。
これに対し,下線部②の事実は,Dが,CD間の丙賃貸借契約によって,本件土地のうちその上に建物がない土地部分(甲2土地)も使用することを認められ,現に使用していることを示している。下線部①について上記判例等の見解に立った場合には,甲2土地が建物の「敷地」に含まれると考えるかどうかによって,Aによる解除の可否が変わり得ることになるから,本設問の事実関係を踏まえた上でこの点を論述する必要があることになるが,この点について的確に論述がされた答案は少なかった。
なお,無断転貸による解除を認めるためには,「賃貸人が…第三者に賃借物の使用又は収益をさせたこと」が要件となるが,この要件を意識して適切な当てはめがされている答案は少なかった。
次に,下線部①又は②の事実が転貸に当たるとし,これにつきAの承諾がないとした場合には,さらに,不動産賃貸借契約について確立した法理である信頼関係破壊の法理に照らしてAの解除が認められるかどうかを検討する必要がある。
この点については,多くの答案が,判例(最判昭和28年9月25日民集7巻9号979頁ほか)の立場を前提とした上で,設問の中から信頼関係の破壊に係る判断に際して考慮すべき事実を拾い出した上で,解除の可否について結論を出していた。もっとも,解除を否定する場合でも評価根拠事実のみを挙げている答案が多く,評価障害事実も挙げた上で,これらの諸事情を総合的に判断するものは少なかった。

イ 答案の例

優秀に該当する答案の例は,本設問では民法第612条の無断転貸に当たるかどうかが問題 となる旨の指摘をした上で,借地上の建物の賃貸が土地の転貸に当たるか否か(以下「無断転貸の有無」という。)について,無断転貸が禁止される趣旨を踏まえ,賃貸借契約の目的物が土地であることの特性等を意識した論述がされ,さらに,これを前提として下線部①と②とで問題の所在が異なることを意識した論述がされており,本件土地の全部又は一部について無断転貸がされたとの認定をしたものについては,信頼関係破壊の法理に関する評価根拠事実又は評価障害事実を丁寧に拾った上で,それに基づき総合的な判断が示されているものである。
良好に該当する答案の例は,優秀に該当する答案と比べたとき,無断転貸の有無に関する論述が平板でやや説得力に欠けるものの,下線部①と②とで問題の所在が異なることを意識した論述がされているものである。
一応の水準に該当する答案の例は,本設問では民法第612条の無断転貸に当たるかどうかが問題となる旨の指摘をした上で,無断転貸の有無について一応の理由を挙げて結論を示してはいるものの,十分な考察を欠き,下線部①と②の違いが意識されていないものである。不良に該当する答案の例は,本設問では民法第612条の無断転貸に当たるかどうかが問題となる旨の指摘はされているものの,無断転貸の有無についてほとんど理由を挙げずに結論のみを記載し,下線部①と②の違いが全く意識されていないものや,賃借権の無断譲渡や用法遵守義務違反等の解除原因に基づいて検討がされ,無断転貸の有無について全く論じていないもの等である。

⑶設問3について

ア 設問3の全体的な採点実感

設問3は,複数筆の土地が建物所有を目的とする1個の賃貸借の目的物とされたが,それらの土地のうちの一部の上にのみ建物があり,その建物につき土地賃借人の所有名義の登記がされている場合に,その登記による賃借権の土地取得者に対する効力は,その上に建物のない別筆の土地にも及ぶかどうか,仮に及ばないときには,土地取得者は所有権に基づいてその建物のない筆の土地の返還を求めることができるかどうかを問うものである。設問2と設問3は,いずれも,1個の賃借権の目的物となっている(複数筆の)土地のうち一部の上に建物がある場合に,その建物のあることが建物のない土地(部分)にどのような影響を及ぼすかを問題とするものであるが,設問2は,当該賃貸借関係の当事者間においてこれを問題とするものであるのに対し,設問3は,賃借人と当該土地の取得者との間でこれを問題とするものである。
Cは,Eの請求に対し,占有権原(賃借権)があるとしてこれに反論することが考えられる。本件土地賃貸借契約は,建物所有を目的とするもので借地借家法の適用があるため,この反論は,甲1土地及び乙土地については,賃借人であるCが,Eの本件土地の所有権取得の登記に先立って,甲1土地及び乙土地上に所有する丙建物につき自己名義の保存登記を備えたことにより(借地借家法第10条第1項),認められることになる。
これに対し,甲2土地は,Eが現れた時点では,【事実】12に記載の事情により甲1土地及び乙土地とは別筆の土地となっており,甲2土地につき賃借権の登記(民法第605条)がされたことを示す事実はなく(この点は,甲1土地及び乙土地についても同じである。),また,その上に建物が存在しないため,少なくとも形式的には借地借家法第10条第1項の適用はないように見える。
本設問は,そのことを前提とした上で,借地借家法第10条第1項の解釈により,又はそれ以外の法理論により,Eの請求の棄却を求めることができないかを問うことに主眼があったが,上記の前提自体に触れていない答案が多かったのは残念である。
また,賃貸人の地位がAからEに移転したという理由で,Cの反論が認められるとする答案も多かった。賃貸人の地位の移転に関する理論は,賃借人が,賃貸借契約締結後に賃貸目的物の所有権を取得した者に対し,その賃借権を対抗することができることを前提とした上で,そのような場合には,原則として賃貸目的物の所有権を取得した者に賃貸人の地位を移転させる ことがむしろ相当であるという価値判断を根拠とするものである。しかるに,本設問はEがCに対して所有権に基づき本件土地の返還を求めた事案であり,Cがその賃借権の効力をEに主張することができるかどうかが問題となっているのであるから,賃貸人の地位が移転するかどうかを論ずる必要は全くないものといえる。確立した判例であっても,その価値判断と論理構造を的確に把握するよう努めることが重要である。

イ 答案の例

優秀に該当する答案の例は,Cは賃借権に基づき本件土地を占有しており,占有権原を有している旨の反論をすることが考えられる旨を述べた上で,甲1土地及び乙土地については,借地借家法第10条第1項の各要件についてその解釈や当てはめが適切にされ,Eに対し,賃借権を対抗することができるとの結論が示されており,甲2土地については,甲1土地及び乙土地とは異なり,丙建物の敷地として登記されていない点が問題となる旨の指摘をした上で,これについて一定の考え方が示されているものである。
良好に該当する答案の例は,優秀に該当する答案と比べたとき,検討すべき複数の事項についておおむね適切な論述をしているが,それらの一部についての考察を欠き,甲1土地及び乙土地と甲2土地との違いについて一応触れてはいるものの,上記問題の所在に関する理解が不十分であるものである。
一応の水準に該当する答案の例は,甲1土地及び乙土地と甲2土地との違いに関する問題の所在に気付いていないが,借地借家法第10条第1項の各要件に関する解釈や当てはめはおおむね適切にされているものである。
不良に該当する答案の例は,Cの反論の根拠として,借地借家法第10条第1項の対抗要件について一切触れておらず,和解の効力に関する論述や錯誤等,本設問の事案に照らし適切とは言い難い論点に関する論述のみをしているものである。

⑷全体を通じ補足的に指摘しておくべき事項

今年度は,具体的な事案に適用されるべき法規範を選択する際に,適切とは言い難い選択をしたために低い評価しか得られなかった答案が目に付いた。例えば,設問1では,Cの反論の根拠として,賃借権の取得時効に言及せずに,本件土地賃貸借契約に基づく賃借権,A又はCによる甲1部分の所有権の取得時効,民法第94条第2項の類推適用を問題とした答案,設問2では,解除原因として,民法第612条の無断転貸に言及せずに,賃借権の無断譲渡や用法遵守義務違反を問題とした答案等がその典型例である。適切な法規範を選択すれば,設問1における過失の認定や設問2における信頼関係破壊の法理の当てはめに見られるように,多くの受験者は,法科大学院における学習の成果により,丁寧に事実を拾い出した上で,適切に結論を導くことができるのであるから,昨年に引き続き,具体的な事案に適用されるべき法規範をどのように見付け出したらよいかについて,一言しておく。
制定法の条文は,同じレベルで単に並列しているのではない。例えば,刑法学は,刑法典の条文を,構成要件該当性-違法性-有責性という判断枠組みに即して体系的に整理している。このような体系化により,ある行為が,ある条文の構成要件に該当すれば,次に違法性(阻却事由)の有無を判断する必要があり,構成要件に該当しなければ,違法性・有責性の判断は不要となることが分かる。このような判断枠組みが共有されて初めて,法律家同士の対話が成り立つ。裁判の場で,ある行為が違法か否かという実体レベルで意見が対立することがあるのは当然だが,判断枠組みの内容自体について意見が対立すれば,そもそも議論がかみ合わない。この意味で,このような判断枠組みに関する一般的な理解を身に付けることは,法律実務家として必須の条件であるといえる。
民法においても,例えば,契約法では,まず契約の成否が問題となり,契約が成立すれば,次に契約の効力(有効・無効)が問題となるという判断枠組みが一般に共有されている。物権法では,まず物権変動の有無が問題となり,物権変動があれば,次にその対抗要件が問題となる。逆 に,物権変動がなければ,対抗関係の問題は生じない。したがって,設問1においては,AC間の本件土地賃貸借契約が甲1部分については他人物賃貸借である以上,AC間で賃貸借契約が存在するとしてもこれが占有権原となる余地はないから,借地借家法第10条第1項の対抗要件の具備は問題とならない。他人物賃貸借であっても同項の対抗要件を備えれば賃借権を所有者に対抗することができるとする答案は,民法の基本的理解に欠けると書いたのは,かかる判断枠組みが共有されていないからである。
設問3の関係では,まず不動産賃借権の有無が問題となり,それが認められれば,次にその対抗要件が問題となり,不動産賃借権の対抗要件が備われば,次に賃貸人が誰になるかが問題となるというのが一般的な判断枠組みであるが,設問3を解決するのに賃貸人が誰であるかを問題とする必要はない。しかし,上記のとおり,かなり多くの答案がこの判断枠組みに従わずに,Eが賃貸人の地位を承継したから,CはEの請求を拒むことができると解答していた。これも,同様にこのような判断枠組みを適切に理解していないことに起因するものと考えられる。
具体的な事案に適用されるべき法規範を適切に見付け出すことができるようになるためには,日頃から,法規範が互いにいかなる関係に立つのかという点に留意し,自分の頭で丁寧に整理をしながら,地道にその理解を積み重ねていく以外に方法はないのではないかと思われる。
また,昨年の採点実感でも指摘したところであるが,問題文をきちんと読んでいないと思われるものが多かった。例えば,設問1では,わざわざ「Bが甲1部分を所有することを認めた上でBの請求の棄却を求める場合」と記載してあるのに,Cによる甲1部分の所有権の取得時効を論ずるものはその典型であるが,このほかにも,「必要な要件を説明した上で」と記載してあるのに,取得時効の要件を一部しか挙げていないものも相当数あった。各設問で問われていることに
的確に答えていなければ高い評価をすることはできないのであるから,問題文は注意深く読んでもらいたい。
また,各設問で問われている点とは関係のない事柄を長々と述べた挙げ句に,肝心の問題点についての記載が十分にされていない答案も相当数存在した。限られた時間の中で十分な論述をするためには,各設問で特に問題となる論点については手厚く論ずる一方で,各設問の事案を前提とすれば問題なく認められる要件については必要な限度で簡潔に記載するなど,メリハリを付けて答案を作成することも必要であり,このような答案は,問題の所在を的確に把握している答案として高い評価がされることにつながる。
また,各設問で特に問題となる点については,そのような結論を採る理由を的確に示す必要があるが,その理由と結論との間の論理関係が不明瞭であり,あるいは整合性を欠いていると思われる答案も一定数存在した。理由付けをしようとする姿勢は評価するが,論理の整合性にもっと注意を向けるべきである。
最後に,毎年のように指摘をしていることであるが,本年も,字が乱雑であったり,字が小さすぎたりして,判読が困難な答案が一定数存在した。この点については,次年度以降,改善を望みたい。

4法科大学院における学習において望まれる事項

設問1における過失の認定や設問2における信頼関係破壊の法理の当てはめ等については,丁寧に事実を拾い出した上で,適切に結論を導いている答案が相当数存在し,これらの点については法科大学院における学習の成果がうかがわれた。
他方,民法の基本的な知識自体はそれなりに習得していると思われるにもかかわらず,具体的な事案においてそれを的確に分析し,当てはめる能力が十分でないと思われる答案が多く見られた。

上記3で指摘した内容と若干重複するが,法律実務家になるためには,法律の体系的理解とこれに基づく実践的な論理展開能力が必要であり,民法の基本的な知識があってもこれを適切に使いこなすことができなければ,法律実務家としてその事務を適切に処理することはできない。民法の基本 的な知識を使いこなすことができないのは,実はその理解そのものが不十分で,表面的な理解にとどまっていることに起因する場合が多いものと思われるが,これらの実践的な能力を身に付けるためには,判例等を検討する際にも,その前提となっている事実関係を基に,結論を導く価値判断と論理構造に注意を払いながらより具体的に検討することが重要であり,また,その判例の射程を考える上でも,より多くの事案を想定して検討を行うことが重要であると思われる。

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